スターバックスでうるうるしたお話
スターバックスコーヒーは、接客にマニュアルがないと聞いていました。パートナー(スタッフのことをそう呼ぶ)さんたちの自主性に任せているというのです。
以前、本でこんなエピソードを読んだことがあります。
毎朝、10時頃にスターバックスを訪れるお客様がいました。優しい表情をした50歳手前の男性です。オーダーはいつも「アイス ショート ミルク」。(え?!スタバってコーヒー屋さんですよね。ミルクなんて注文できるのかな・・・と私は驚きました)
ある日のことでした。その店のパートナーさんがいつものオーダーを受けた時、「コーヒーは飲まれないのですか?」と尋ねたそうです。そりゃあ、疑問に思いますよね。すると、そのお客様は「コーヒーが飲めないんです」と答えたそうです。すると、パートナーさんは、「では、コーヒーの香りだけでもいかがですか?」と提案。「ぜひ!」と応じてもらえたので、エスプレッソをスプーンに写し、3滴だけいつものアイスミルクに垂らしました。
するとお客様は「いい香りですね」と。ゆっくりされた帰り際「おいしかったです、私にも飲めるコーヒーがあるのですね」と喜んでいただけた。そして、その後は、「エスプレッソ香るアイス ショート ミルク」を頼まれるようになったというお話です。きっと世界中でたった一人のカスタマイズでしょう。
そんな経験ができるのも、馴染のお店、親しいパートナーさんがいてのこと。なんだか羨ましくて仕方がありませんでした。
10年以上も時が流れ、私にも馴染のスターバックスコーヒーのお店ができました。自宅から徒歩20分ほどのところにある名城公園店です。ほとんど毎日通い、日に3度訪れたことさえあります。
半年ほど通ったある日の出来事です。レジの前に立つと、
「あっ、久し振りにお目にかかった気がします」
とNさんに言われました。30歳の主婦です。
「いつものでよろしかったですか?」
いつものとは、「スターバックスラテのホットでショートのフォーム(泡)なし」のことです。
「い、いや・・・実はお腹の調子が悪くて、1週間ほどコーヒーやカレーなどの刺激物を控えていたんです。それで来られなくて」
すると、
「では、ディカフェにされてはいかがですか?」
と言われました。
「え?それなんですか?」
ディカフェとは、カフェイン抜きのことだといいます。
「ぜひ!」
おかげで、また毎日来られるようになりました。
その翌日も、他のパートナーさんに「いつものでよろしかったですか?」と尋ねられて「ディカフェのラテの・・・」とお願いし直すようになりました。そうしたやり取りが3日も続くと、私の顔を見るだけで「ディカフェですね」と、みなさんが言ってくれるようになりました。初めて注文を受けてくれるパートナーさんも「ディカフェでしたよね」と。注文の時にそばで聞き耳を立てていて覚えていてくれるのか。とにかく嬉しかったです。
話はここで終わりません。それから2週間ほどして、かなりお腹の調子が戻ってきました。そこでレジに立つなりパートナーのMさんに「ラテお願いします」と注文しました。すると、「え?!ディカェですよね」。「いいえ、今日は普通のコーヒーでラテにしてください」「あっ!お腹の具合が治られたんですね、よかった!」と我がことのように喜んでくれたのです。
その日の午後、もう一度お店に寄りました。すると、Kさんが、私の顔を見るなり「お腹治ったそうですね!聞きましたよ」と笑顔で声をかけてくれました。これには参りました。うるうる・・・目頭らに涙が滲みました。
というのには訳がありました。その半年ほど前、私は妻を亡くしていました。6年間に及ぶ看病・介護で心も身体もボロボロ。妻を見送った後、抜け殻のように何もする気が起きず、ただ「空虚」な心を抱えてボーと生きていました。心が荒み、友達から慰めの言葉をかけられても、ひどいことを口にしてしまう。だから人とも会えないでいる。かといって、家の中に引き籠っていると「うつ」になってしまう。それで仕事もせず、スタバで本を読んでいたのです。
そんな心が弱っている時ゆえに、なにげない人の優しさが心の奥深くに沁みたのです。
マニュアルは必要でしょう。でも、そのマニュアルが弊害を生むこともあります。マニュアル通りに「ここまでやればいい」と思い込んでしまうからです。本当は、そこから先が大切。「ここから自分は何ができるのだろう」と考え実践することです。それは本来、マニュアルなんてなくても簡単にできるんですよね。
そう「思いやり」です。目の前の人が今、どういう状況にあるか観察する。疲れていないか?悩みがあるのではないか?仕事を通じて目の前の人に何をしてあげられることはかと考える。かといって、他人に対して具体的にできることは限られている。「おせっかい」になり過ぎてもいけない。ギリギリのところで、一歩、二歩踏み出す。「エスプレッソ香るアイス」や「ディカフェ」、そして「お腹の具合が治られたんですね」という一言に、「思いやる心」が込められているわけです。
だから、今日もまた私は、スタバ名城公園店に通ってしまうのでした。癒されに・・・そしてホスピタリティとは何かを学ぶために。