こんなタクシー見たことない!(その1)
~岡山・下電タクシーの「おしぼり」に感動
倉敷の取材旅行でタクシーにお世話になりました
岡山県へ取材旅行に出掛けました。一日目は、倉敷の美観地区を歩きました。その日は残暑厳しく、三度もカフェに立ち寄りました。一泊と言う限られた時間ということもあり、二日目はタクシーをチャーターして巡りました。
江戸時代に北前船で栄えた下津井港の「むかし下津井廻船問屋」資料館。瀬戸大橋を間近に見られる絶景ポイントの与島。ジーンズショップが立ち並ぶ児島ジーンズストリート、備中高松城、吉備津神社・・・。ドライバーさんに丁寧に解説していただき、収穫たっぷりの旅でした。
「どうぞ」と差し出されてびっくり
さて、その途中、下津井港の祇園神社を訪れた時のことです。
瀬戸内海を見下ろせる小高い山の上にあるため、体力にまったく自信のない私は、よろよろと階段を上って参拝しました。下りの方が足腰に堪えます。踏み外さないように、慎重に降りてくると、もう全身汗だくになっていました。
そんな時、冷房の効いたタクシーの中は天国です。
その時でした。
「どうぞ」
と、ドライバーさんに「おしぼり」を差し出されました。使い捨ての紙製ではありません。クリーニングして何度も使うタオル地の「おしぼり」でした。喫茶店やレストランではありません。ここはタクシーの中なんです!思わず、
「ありがとうございます!」
と言って、受け取りました。しかし、驚いたのは、その次でした。ムチャクチャ冷たいのです。ビニールの上から握ると、シャキシャキッという音が聞こえました。そうです!「おしぼり」が凍っているではあませんか!
帰宅して早々に、事業所に電話取材!
ドライバーの津島喜美雄さんに「これは、津島さんだけのサービスですか?」と尋ねると、「いえいえ、全社で取り組んでいます」とのこと。再びびっくり。これは、よほどの「おもてなしの達人たち」の会社だと思い、帰宅するなり営業所へ電話をしました。営業所の何人かからお話を伺い、最後に取材(?)に対応してくださったのが、下電観光バス(株)タクシー部の三秋潔さんでした。
「いつ頃から初められたのですか」
「10年余り前です」
「どんな経緯で、始められたのですか」
「当時の副社長が『全国のどのタクシー会社でもやっていないサービスをしよう。何か良いアイデアはないだろうか?』という呼びかけを全社員にしたのがことの始まりです。すると、真夏の暑い時期に、喫茶店のおしぼりが本当にありがたい。これをタクシーでも夏季限定でやりたい・・・という意見がドライバーから提案されたのです」
私は、驚きました。トップダウンではなく、そのアイデアは社員さんから出てきたものだったのです。
「でも、コストがかかりますよね」
「はい、たしかにかかります。『おしぼり』はリースです。一本10円くらいでしょうか。スタートした約10年前には、リサイクルショップで冷凍庫を買ってきました。5営業所あるので5台。タクシー一台ごとに、これまた100円ショップで保冷バックと保冷剤を購入して配備しました」
「失礼ながら、年間の経費はおいくらくらいかかりますか」
「わが社のタクシーが5営業所の合計180台。一日稼働するのが100台ほど。一日当たり、20人くらいのお客様にご乗車いただきますので・・・あとは計算していただくと。ただ、中には、そのまま持ち帰られるお客様がいらっしゃったり、汚れてしまって弁償しなくてはならい『おしぼり』もありますので、それが加算されます」
「当初、反対意見はなかったのでしょうか。また途中で止めようとか」
「反対はありませんが、たしかにドライバーさんから愚痴を耳にすることはあります。忙しい朝に、準備が面倒とか、女性のお客様は受け取らないから無駄だとか」
「それでも続けられているんですよね」
「はい、暑くなってくるとお客様から「まだ始めないの?」という声が届くんです。うちの営業地域では夏の風物詩みたいになってまして。一人でも喜んで下さるお客様がいらっしゃる限り、続けていこうと思っています」
最後に、思い切って聞きにくい質問をしました。
「ところで、売り上げに効果はあるんでしょうか」
と。すると、電話の向こうで苦笑いされるような雰囲気があり、こう答えていただきました。
「それはわかりませんが、そうだと信じています。中には、『今日は暑かったから、下電タクシーに乗ったよ』と言う声もお聞きしておりますので」
受話器を置いたあと、タクシー会社の社長をしている友人に電話をしました。そして、このことを報告すると・・・。
「ああ、それうちでも真似したいです。でも、どうかなぁ。下電さんが素晴らしいのは社員さんの自発的な発案だということですよね。上からの押し付けではなく、社員さんたちの『やりたい』という気持ちが、10年も続いている力の要因なのではないでしょうか。
また、下電タクシーに乗りたくなりました。真夏の盛りに。
~下電タクシー・津島貴美雄さんにプロ精神を見た
自前の保冷バッグを準備する津島さん
「冷たい『おしぼり』サービス、素晴らしいですね」
と何度も言うと、ドライバーの津島貴美雄さんは、こうおっしゃいました。
「会社から支給された保冷バッグでもいいのですが、猛暑の日には一日もたないのです。中に入れた保冷剤が溶けてしまうのです。そこで、私は自腹で釣り用の保冷バックを購入して、そこに保管しています。どんなに暑い日でも、たいてい一日持ちます、もっとも猛暑日には大人気になるので、途中で営業所に戻って『おしぼり』を補給しますが」
前項で述べましたが、「社員さんの自発的な発案」で始まったサービスですが、どうやらこの津島さん。その優れた社員さんたちの中でもひときわ特別な存在のような気がしました。そこで、「ひょっとして人気者の観光タクシードライバーさんですか?」と尋ねると、大当たりでした。
テレビの取材のお手伝いをする時の「気配り」とは?
東京キー局のテレビ番組で、行き当たりばったりで、タレントやディレクターが地方を取材するものがあります。タクシーを借り切って、途中で出逢った「面白い人」を取材する。なにしろ、スケジュールを組んでいないので、どこへ行くのかわからない。
たまたまインタビューに応じてくれた人の自宅を訪問することになって、急に思わぬ方向へと車を走らせることも。
津島さんは、そんな取材のお手伝いを何度も引き受けているとのこと。いや、「岡山のテレビ取材なら、津島さんしかいない」という評判になっているそうです。それはなぜか・・・」
「そういう番組でたいへんなのは、ディレクターさんなんです。取材は一日しかできない。タレントさんは、午後〇時の新幹線に乗って帰らなくてはいけない。そんな時間的制限がある中、急に「ここが見どころなので、ぜひ行ってください」と言われた時に、『行くか行かないか』を即断しなくてはいけないのです。だから、私は、取材をスタートする前にディレクターさんにメモを作って渡しておきます。ここから後楽園まで〇分、美作まで〇分、坂出まで〇分かかるというリストです」
なるほど。なかなかにくい気配りではありませんか。今までに、50回以上もテレビの取材のお手伝いをしているそうです。中には「津島さんでお願い」とご指名される局もあるといいます。
写真やサインは求めない
「そんなにテレビ局の仕事があると、有名なタレントさんのサインもいっぱい持っておられるのではありませんか?」
そう尋ねると、「いえいえ」とかぶりを振られました。
「タレントや俳優さんたちは、仕事でいらっしゃっているのです。そんな方たちに、サインをお願いしてはご迷惑になります。プライベートで来られる俳優さんに、観光案内をさせていただくこともあります。この時も同じです。いつも緊張感の中でお仕事をされているはず。オフの時くらいゆっくりしたいと思っておられるに違いありません。だから、サインも写真もお願いしないように心がけているのです」
参りました。
これぞプロ。誰でも有名人にあったら。それも一日中一緒に時間を過ごしたら、記念にサインをもらいたくなるに違いありません。
最後に、津島さんの方からポツリと話されました。
「とはいうものの・・・実は、一度だけサインをいただいたことがあるのです」
「え?・・・それはどなたの?」
「母親が昔から、仲代達也さんの大ファンなんです。だから、お乗せする機会があったとき、迷いましたが『母がファンでして』とご無理申し上げました。それが一度きり。母に喜んでもらえました」
お客様への「おもてなしの達人」であり、自分にとても厳しいけれど、親孝行。
また倉敷を訪ねる際には、ぜひガイドをお願いしようと思っています。