新人タクシードライバーから学んだこと(その1)

~「おもいやり」こそ仕事の原点~

 ある日、大きな交差点で手を上げ、タクシーに乗り込んだ瞬間、「おや?」と思いました。目的地を告げ、発車して数秒しか経っていないのに…。「なんだろう?この快適感は」と心の中で、腕組みをしました。
 そうだ!空気だ!!

 「かしこまりました。それでは料金メーターを入れさせていただきます」と言う、なんとも物腰の柔らかな言葉遣い、さらには、後部座席を振り返った「笑顔」がとてつもなくステキでした。車内に、その言葉遣いと笑顔が醸し出す空気が充満しているのです。別に、他に特別なサービスをしているわけではありません。でも、車内の「空気」が違うのです。おそらく今まで、何千回も乗ったであろうタクシーの中で、「一番」と言っても過言でないほどに。

 そうなると、私の好奇心がムクムクと騒ぎ出します。「タクシー業界でも有名な人に違いない」「この人は、どんな人生を送って来たのだろうか?」
 きっと、タクシードライバーのプロ中のプロ。取材させてもらおう。そう思い、途中、信号待ちで話し掛けました。ところが、意外なことに・・・。

 そのドライバーは、「新人さん」だったのです。つばめタクシー平田営業所勤務。二か月の研修を終えて、一人で営業に出てまた一か月だというのです。私は、「え?!嘘でしょ」と聞き返してしまいました。それでも、「この人はスゴイ」と確信していた私は、半ば強引に携帯電話を交換し合い、非番の日に喫茶店でおしゃべりに付き合っていただくことにしました。
 その時のお話を、一本のコラムにまとめました。
 
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タクシー運転手が天職

 小牧市の荒木桂太郎さん(五五)は昨年、半導体製造関連の会社を早期退職した。家族のためにもまだ頑張って働かなければならない。同業他社の門をいくつか叩いたが、色よい返事は得られなかった。業種のこだわりを捨て、縁あってタクシー会社に勤めることに決めた。そして、不安を抱きつつ研修期間を過ごした。

 研修を終え一人で営業運転を始めたばかりのころのこと。休憩のためコーヒーを買いにコンビニに立ち寄った。レジに並ぶと、車いすを利用する高齢の女性が前にいた。介助者はなく、一人で来ているらしい。様子を伺っていると、指も不自由らしく財布から小銭を取り出しにくそうにしている。「大丈夫ですか」と声を掛けたのがきっかけで、自宅まで車いすを押して送って差し上げることになった。途中、その女性から悩み事を聞いた。「娘が事故に遭い、半身不随になってしまいました。近所の病院まで送迎してくれるタクシーが見つからず困っています」と。朝、迎えに行くのはいいが、帰り時間に合わせて再び病院へ行かなくてはならない。すると間の時間が仕事のロスになる。ましてや近距離で、いい顔をされないという。無意識に荒木さんは「私でよかったら」と申し出ていた。

「心底『ああっ!人の役に立ててうれしい』と思いました。実は、故郷は大分なのですが、なかなか帰省できません。母親の介護をする代わりだとも考えたのです」と荒木さん。娘さんを病院まで送ると、普段、無表情なのににっこり。「その笑顔を見て、タクシー運転手は天職だと確信しました。そして不安な気持ちも吹き飛んだのです」と話す。

        平成29年4月9日付中日新聞朝刊(愛知県内版)
                  「ほろほろ通信」より
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 きっと、不安だったことでしょう。55歳にもなって、未体験の仕事。お子さんは、まだ高校生と中学生と聞きました。家族を守るため、仕事を選ぶ心の余裕も時間もない。とにかく稼がなくてはならない。その不安を吹き飛ばしたのが、コンビニで出逢った車いすの高齢の女性だったわけです。

 ここで、最も肝心なこと。それは、荒木さん自身が「おもいやり」にあふれている人で、ごくごく自然に「困っている人に声を掛けた」ことです。すると、思う以上よりも喜んでもらうことができ、それがきっかけでタクシーの仕事を続けられる自信になったというのです。
 
 荒木さんは、言います。
 「多くのドライバーは月売上は、40万円から50万円と聞いています。トップの方は、夜間に勤めて85万円だそうです。いつのことになるかわかりませんが、私はまずは60万円を目指します。チケットのお客様は期待できません。ですから、自分の努力しかありません。でもおかげさまで、病院の送迎など5軒のお得意様ができたのですよ」

 私は、確信して言いました。「荒木さん、きっとあなたは、トップになれますよ。・・・いいえ、絶対!」いい加減なことを口にしたかな、とチラッと反省。でも、それが励ましとして伝わったのならいいかなと。
そして、半年が経ちました。  
続きは・・・(その2)で。