「こころ便り」から⑲「ルールを減らす」

      木南一志

 秋から冬に入ると、寒さが一段と厳しく感じられるようになります。本番の冬はまだまだこれからですが、安全に仕事を進めるために必要なのは、健康です。どうぞ身体を大切に健康第一でお願いします。

 立法府と言われる国会を見ていて、不思議に思うことがあります。時代の流れが早いので、次々と新しい法律が生まれてきます。当然、必要とされるから議論されて作られるわけですが、法律は増える一方で、これまでの法律を減らしますということは聞いたことがありません。国にもルールがあるように、会社にもルールがあります。人間社会を円滑にしていくために必要最低限のルールがなくてはなりません。しかし、ルールが増えすぎて、本来、大切にしなくてはならないことが見えなくなっているのではないかと私は思うのです。たとえば、「あいさつをしましょう!」と職場で決めたとします。「あいさつは人より先に」「にこやかな笑顔で」などのルールが次々に生まれてきます。「できなかった人を注意して、罰則を作ります」、最後には、「退職を勧告します」などのルールが生まれてくるとしたら、どうなっていくでしょうか。その職場に残るのは、一人だけです。そして、あいさつする相手がなくなり、結果としてできなくなります。

 ルールを減らす努力をしてみませんか。みんなのレベルを上げて、実行できるようになったら、そのルールは必要なくなります。会社の同僚だけでなく、地域社会でもみんなができるようになることで、煩(わずら)わしい手間がなくなることにつながります。明治の日本を初めて見た外国人は一様に驚いたといいます。その貧しさとともに、礼儀正しさや卑屈にならない姿勢、これはルールがあったからできたのではないのです。大人が子供たちに示すように、自分たちも実行したから「日本人は、貧しい。しかし、高貴だ」とポール・クローデル(元駐日フランス大使)に語らせたのでしょう。ローマ字の生みの親で知られるジェームス・カーティス・ヘボンも若い学生の能力の高さに驚いて、「日本人は実に驚くべき国民、西洋の他国民の到底及ぶところではない。」と、本国のアメリカ合衆国に報告をしています。

 田舎の貧しい暮らしの中でも、人間としての大切なことを大切に実行してきた証(あかし)であると思えてなりません。私たちも子孫から尊敬されるような日本人としてルールの必要がない社会を生み出していこうではありませんか。

 やればできるはずです。やるかやらないか、決めるのは自分。

 被災地にこころを寄せながら