最終回「やってみなきゃわからないだろう」後編

ヒダカズのココロの授業【最終回】

比田井和孝
やってみなきゃわからないだろう! 〈後編〉

脳性麻痺の障がいを持つ小学生のA君。「歩き方もぎこちなく、走ることもできない自分には無理だ…」とあきらめていた野球でしたが、監督に「やってみなきゃわからないだろう!」と言われてチームに入ります。監督に「もしも、お前が誰よりもバントが上手くなったら、俺は試合でお前を使う」と言われ、徹底的にバントとファーストの練習を続けました。
そしてその年の大会。A君は背番号一五番をもらってベンチ入りを果たします。A君が所属しているのは強豪チーム。いくつもの試合を勝ち進んでいきますが、監督はA君を出しません。でも、きっとA君はそれでも満足だったんじゃないでしょうか。「見るだけしかできない」と思っていた野球チームに入れてもらい、みんなと一緒に毎日楽しく練習ができ、チームの中で役割を与えられて、ベンチにまで入れてもらえたんですから。
そしてついに決勝戦。小学校の試合は七回までですが、お互い一歩も譲らない投手戦で両チーム得点できません。六回裏のA君のチームの攻撃。最初のバッターがヒットを打ってノーアウト一塁。どうしても一点がほしいこの場面、間違いなく「送りバント」が常とう手段です。すると、監督が選手交代を告げました。「バッターA君!」。この大会初のA君の起用です。A君もビックリです。緊張もしますよね。もう、バッターボックスに歩いてくときの格好が「バントの構え」なんですって…。相手にもバレバレなんです。しかも、障がいを持っているのは一目瞭然です。こんな大事な場面で監督はA君との約束を果たしたんです。
一球目。ど真ん中のストライク。A君、その絶好のボールをバントの構えのまま空振りです。お母さんはもう観ていられなくて、両手で顔を覆います。でも、A君は負けていません。「俺が決める!」という強い目をしています。
二球目。相手チームはA君はバントだとわかっていますから、一塁と三塁の守備が猛ダッシュで前に出てきました。しかも、難しい変化球です。ところがなんとA君、その球を見事にプッシュバント! 前に出てきた一塁の選手とピッチャーの間を抜く、これ以上ないという絶妙なところにバントを決めたんです。普通であれば、内野安打のコースですが、A君は走れませんから、当然ファーストはアウトです。でも、見事にランナーを二塁に進めることができました。 送りバント成功! 球場が大歓声に包まれます。A君は見事に役割を果たしました。A君は嬉しさのあまり、ボロボロ泣いています。チームメイトも大喜びです。A君の送りバントのおかげで六回裏に一点入ったんです。後は、七回表を守りきれば勝ちです。
ところが、監督はなんとA君をそのまま守備に向かわせます。ポジションは…普通、どう考えてもファーストですよね。一応、練習では経験していますから…。ところが監督は、なにを血迷ったのか「A君はライトだ!」と。外野です。A君、ライトなんてやったことないんですよ。なぜ監督はA君をライトにしたのでしょうか…。後で監督が言っていました。『その日の朝、A君がライトを守っている夢を見た』と。だからライトを守らせたんですって。(笑) この監督さんはどこまですごいんでしょうか。夢で見たのを正夢と信じて、A君をライトにしたんです。
そして迎えた最終回。最初のバッターの大飛球は、なんとライトに向かって一直線! A君はビックリです。もう「助けて!」という感じでオロオロしています。だって、ライトなんて初めてですから。その瞬間です。キャッチャー以外の選手が全員、ライトめがけて全力疾走ですよ。サードの選手なんて一番遠いからどんなに走ったって間に合いません。それでも全員がライトめがけて走りました。チームメイトはA君の頑張りをずっと見ていたんでしょうね。だから、みんなで助けに走ったんです。ところが、そのフライが、一歩も動けないA君のグローブにスポッって入ってしまったんです。その様子を観ていた球場のお客さんも、A君を助けるために駆け寄ったチームメイトも大喜びです。もう、試合に勝ったかのような大喝采が起きます。A君、またボロボロ泣きます。試合を見ていたお母さんも、もちろん号泣。涙が止まりませんでした。
こんなことってあるんですね。結局、七回表を抑えてチームは優勝です。
障がい児だろうが、どんな子どもだろうが子どもは、我々、大人が思っている以上に「大きな可能性」を持っています。それをつぶすのも、引き出すのも、我々大人や教育者、指導者のココロの持ち方ひとつなんですね。
試合が終わって、監督が子ども達に言いました。「お前たち、あの時、全員がAのところに走ったよな。あの気持ちさえ忘れなかったら、お前たちの将来は安心だ。仲間が困っていたら駆け寄って助ける。…あの気持ちさえ忘れなかったら、お前たちは何があっても大丈夫だ!」
もう、この監督さんはどこまでカッコいいんでしょうか! この監督さんはわかっています。野球は「道具」なんです。野球がうまくなること、野球の試合に勝つことが「目的」じゃないんです。野球という「道具」を使って子ども達に「生きるチカラ」をつけさせること、「人間力を高めること」が「目的」なんです。監督さんは、見事に子ども達に「生きるチカラ」を身につけさせています。いっさいブレていません。「勝負に勝つこと」と、「子どもの成長」を天秤にかけた時に、迷わず「子どもの成長」を選べる…こんな指導者、なかなかいないと思います。
私は、この監督さんから本当に大切なことをたくさん教えてもらいました。