怒らない、嘆かない、そして心配しない
私が一番受けたいココロの授業
怒らない、嘆かない、そして心配しない。
比田井美恵
フランスで四年に一度行われる、世界一周ヨットレース「ヴァンデグローブ」。このレースは「単独無寄港」…つまり、たった一人で、一度も港に寄らずに、風だけを頼りにヨットを操作して世界一周するもので、完走率は五○%。「世界一過酷なヨットレース」と言われています。そのレースに、アジア人として初めて、白石康次郎さんが出場できることになり、この一一月についにスタートを果たしました。ゴールは八〇~九〇日後です。
私達と白石康次郎さんは六年前に知り合い、何度も学校に講演にも来ていただいています。そんなご縁もあり、今回のレースも学校を挙げて応援しているのです。
航海中の白石さんにテレビのリポーターが聞きました。「このレースを通じて、みんなに伝えたいものはなんですか?」 白石さんは答えます。「僕の元気な姿を見てほしいんです。特に若者たちに。でもね、僕、実はヨットは得意な方じゃないんですよ。私の弱点は船酔いですから。」
これには、リポーターも大爆笑。「船酔いするのに、なぜヨットレースに出るんですか?」
「なんででしょうね。…でもね、それでも好きなことを思いっきりやっていれば、これだけのことができるようになるんですよ。若者たちに伝えたいことは、条件で好き嫌いを考えないでほしいってことです。できる、できないなんかは、どうでもいい。とにかく、若者たちは、頭で余計な事考えずに、好きなことを思いっきりやってほしいんです。花を愛するのに植物学はいらないでしょ。それと同じです。」
…「できるからやる」「できないからやらない」ではなく、思い切って挑戦してほしいという白石さんの言葉に、スタジオのメンバーも思わず深くうなずいていました。
さて、スタートから一週間。白石さんは大きなトラブルに遭いました。強風で舵がきかなくなり、船がコントロール不能になっている間に、セール(帆)が破れて、修理不能になってしまったのです。破れてしまったのは、メインのセールに次ぐ大きなセール。他のセールもありますが、風だけを頼りに進んでいくヨットですから、小さなセールしかないということは、かなり大きなダメージです。
このレースは、スタートしたが最後、たった一人でどこの港にも寄らずに、誰からの補給も支援も受けずに戦うのがルールですから、部品が壊れたからといって、新しいものを調達することはできません。修理の人を呼ぶわけにもいきません。スタート時に持って出た部品だけでなんとかし、壊れたら自分で修理して、耐え続けていかなければならないのです。
今回セールが破れてしまいましたが、実は強風の中、大きなセールを回収するだけでもかなり危険で技術も体力も必要な作業です。にもかかわらず、白石さんは修業時代に造船所で培った技術と経験で、この難局をしのいで、なんとかセールを降ろして回収することができました。
白石さんはこう言います。
「セールを失いましたが、大丈夫です。この難局を、愛と勇気と忍耐で乗り越えます。決して、怒らない、イライラしない、悲しまない、嘆かない、そして心配しない。まだまだ勝負はこれからです。
セールよ、本当にありがとう。よくここまで走ってくれました。確か、この前のオーナーはこのセールで世界一周しているはずです。数々のヨットマンの夢を乗せて、本当にお疲れ様でした。今はゆっくり船の後ろで休んでくれ。一緒にフランスへ帰ろう。
私は気を取り直して、笑顔でこの難局を乗り越えて世界一周完走を目指します。」
白石さんにとって、かなり大きな痛手のはずです。…にも関わらず、この前向きな言葉…「怒らない、イライラしない、悲しまない、嘆かない、そして心配しない」。…涙が出てきます。ピンチで苦しい思いをしているはずの白石さんから、逆に私達の方が大きな元気をいただきました。
さらに、今まで頑張ってくれたセールへの感謝の言葉。ヨットは少しでも軽いほうがスピードが出るわけですから、使えなくなったセールをこっそり海に廃棄してしまった方が有利です。でも、そうすれば海を汚すだけでなく、他のヨットや生き物に迷惑をかける可能性があります。だから、白石さんはセールを持って帰るのです。ヨットを愛し、自然に感謝し、共に戦う仲間を大切に思う白石さんからしたら、当然のことなのかもしれません。
トラブルに見舞われながらもたった一人で切り抜け、航海を続けるたくましい白石さん。白石さんのヨットの知識・技術はもちろん素晴らしいのですが、さらに、この「心の強さ」に感銘を受けます。心から頼もしく思います。
「世界一過酷」と言われるだけあって、スタートから三週間で、二九人中すでに四人がリタイア。ゴールは来年の一月下旬頃。まだまだ先が長いこのレース、とにかく無事に帰ってきてくれることを心から願っています。私達は白石康次郎さんをこれからも応援し続けます!