先生の優しさに涙…。
私が一番受けたい「ココロの授業」
比田井美恵
先生の優しさに涙…。
私の息子、カンタは小学三年生。六月のある日、先生からの「連絡ノート」にこんなことが書かれていました。
「音楽会がもうすぐです。昨日までにリコーダー合格を目指して取り組み、毎日家でみんな練習してきています。お願いします」…私は愕然としました。カンタが家で練習をしている姿を見たことがありません。どうやらカンタは三週間もの間、全く練習をしなかったようで、カンタ以外はみんな合格をもらっているとのこと。
さぁ、猛特訓です! しかし気合いが入っているのは親のみ。見本で吹いたり、手拍子をしたり…ピアニカまで出してきて、リズムと音楽を叩き込もうとしました。しかし、本人は全くやる気がありません。だらだらと本を読んだり、工作を始めたりしています。
「カンタ。リコーダーの練習をしなくて、カンタ一人が恥をかくだけなら、それは自業自得だから仕方ない。でも今回は音楽会でしょ。カンタが練習していかなくて、ひとりだけ間違えたら、クラス全体が良くなかったって思われちゃうんだよ。みんなで力を合わせて頑張っている時に、カンタ一人が手を抜いたせいで、『三年一組の演奏、よくなかったね』って言われちゃったら、一生懸命練習したお友達はどう思う? 担任の先生はきっと悲しむと思うよ…」
私がそう言っても、やっぱり息子はだらだらしています。もう1時間以上、経ちました。もちろん夕食もおあずけです。…ついに私の堪忍袋の緒が切れました!
「少し頭冷やしてきなさい!!」
私はカンタを抱えあげると、そのまま玄関まで連れて行き、表に追い出し、鍵を閉めました。たまたまカンタは、シャツにパンツ、靴下という状態でしたが、そんなことはお構いなしです。カンタがドンドンドアを叩いています。お構いなしです。外灯のスイッチも切りました。真っ暗です。カンタの泣き声が聞こえてきます。なにか叫んでいます。それでもそのままです。
カンタは泣きながら、何とか入る場所はないかと家の周りを走って探しています。別の窓や勝手口にまわってきました。そのあたりの電気もすべて消しました。もちろん鍵はかかっています。ドンドンしながらもあきらめて、玄関前に戻りました。玄関前にうずくまっています。何やらつぶやいています。
「ヒックヒック…お、お、おかあさん、だ、大嫌い!! 中に入れて… ヒックヒック…おかあさんのぉぉぉ~…ばかぁぁぁぁ~! ヒックヒック…」
一○分くらいたったでしょうか。小さな声で、「おかあさん、ごめんなさい。練習するから……中に入れて…」…カンタはやっと室内に入ることができました。
家に入ると、こらえていたものが一気に出てきたのか安心したのか、まさにワンワン泣いています。久々にカンタの号泣を見ました。泣きながら、愛を確かめたいのか、私にくっついてきます。いとおしい息子です。
カンタはすぐにリコーダーの練習をしようと口にくわえましたが、ヒックヒックが止まらなくて練習になりません。それでも何とか練習し、ずいぶん上達しました。その様子を主人が連絡ノートに書いてくれました。
「今日、母親と二時間ほど練習をしました。泣きながらやっていました。まだまだ十分とは言えませんが、だいぶ上達しました。明日も練習させます。よろしくお願いします。父」
…すると翌日、先生からはこんなコメントが。
「頑張っているカンタさんです。あまり追い詰めないようお願いします」
…これを見た瞬間、涙が出てきてしまいました。クラスでただ一人、リコーダーの練習を全くしてこないうちの息子…。どう考えても、先生は困っているに違いありません。厳しく叱られたっておかしくありません。それなのに、こんなに優しい言葉をかけてくださるなんて…。先生の心の広さに、ただただ感謝するしかありませんでした。なんてありがたいことなんでしょう。
後日談(余談)です。その翌日、私とカンタは一緒に自宅に帰ってきました。一日暑かったので、家に入るとムッとする熱気。私が窓を開けていると、珍しいことに、カンタが勝手口近くの窓を開けてくれたのです! 自ら気づいて手伝ってくれるなんてめったにないことなので「ありがとう」と言いながら、なんとなく気になって、さり気なくカンタを観察していると…カンタはあたりをうかがいながら、そーっと勝手口の鍵を開けたのです! これはもしや!…そうです、万が一、外に出された時には勝手口から入ってこようと、帰ってきて一番にルートの確保をしたのです! 昨日、外に出されたことがよほど衝撃的だったのでしょう!
後で主人がこっそり聞いたところ、カンタは『備えあれば憂いなしだから』と言っていたとか。やるなぁ、カンタ!「敵(?)ながらアッパレ!」です。(私としては、外に締め出された時のための「備え」ではなく、音楽会で間違えないために練習するという「備え」をしてほしかったのですが…。)
まぁ、何はともあれ、温かい、愛情深い先生にも恵まれ、伸び伸び育っているわが息子でした。