そうじで変わったのは自分だった…
私が一番受けたい「ココロの授業」
比田井和孝
そうじで変わったのは自分だった…。
私の友人の太田智明(としあき)先生は、「長野便教会」を主宰しています。これは、「教師の教師による教師のための、便所掃除に学ぶ会」という意味で、県内各地の学校の便所掃除をしながらココロを磨いているのです。最初は太田先生が一人で始められ、少しずつ共感する先生達が増えてきて、今では生徒や一般企業の方もたくさん「掃除の会」に参加されています。私も参加させていただいたことがあるのですが、中学生から大人まで、みんなが一心不乱になって素手で便器を洗う姿はとても美しく、大変感動しました。
ところで、長野便教会のTシャツにはこんな言葉が書かれています。
深雪(みゆき)せる 野路に小さき 沓(くつ)の跡
われこそ先に 行かましものを
これは、大正から昭和にかけて南信州の平谷(ひらや)村で教鞭をとっておられた林芋村(はやしうそん)先生の遺された短歌です。
…深い雪がつもった日の朝、学校への道に、子ども達のわら靴の小さな足跡を見つけ、こんな日でも、朝早くから学校に通う子ども達に思いを馳せると同時に、「私が先に行って雪かきをしなければならなかったのに…、教室を暖めておかなければならなかったのに…」と、自分を責めた…という意味です。長野便教会はこの林先生の心を大切にし、「我こそ先に」を合言葉に実践しようと頑張っていらっしゃるのです。
さて、先日、太田先生が掃除を始めたきっかけと思いをお聴きする機会がありました。
太田先生が教師になって8年目。3回目のクラスを受け持っていた頃の話です。太田先生自身が、「慣れもあり、かなり傲慢な学級運営をしていました」とおっしゃるほど、生徒達には常に上から目線で、指示命令ばかり。いつの間にか生徒との関係はどんどん悪くなったそうです。なんとかしなければといろいろ試しても全くうまくいかず、「万策尽きた」と思った時に、ある言葉を思い出しました。それは、太田先生が新任の頃、先輩の先生から言われたもの。「太田、教室を毎日掃除したら、いいクラスができるぞ」
8年も経って、なぜかこの言葉を思い出した太田先生は、藁にもすがる思いで、「これに賭けるしかない!」と、その日から教室の掃除を始めました。生徒が帰った後、掃除をして教室の机をそろえ、下駄箱の靴をそろえる。これを毎日欠かさず続けたところ、3か月も経つと、不思議と生徒との関係が良くなっていったのです。この時は、自分の掃除のおかげで生徒達とうまくいったなんて思えず、「たまたま、生徒の反抗期が終わったんだろう」と考えていました。
その後、別の中学校に異動した太田先生。そこでも毎日掃除を続けていたところ、他のクラスではいろいろと問題が起こっているのに、太田先生のクラスだけはなぜか問題が起きません。そんなことを繰り返した太田先生は「もしかしたら…掃除のおかげなのかも」と思うようになり、次第に「これは、掃除のおかげに違いない」と確信するようになったのです。そして確信がもてた瞬間、太田先生は気づきました。「前任校でクラス運営がうまくいくようになった時、子どもたちが変わってくれたんだと思っていたけど、変わったのは、実は子どもたちではなくて、自分だったんだ!」と。
掃除をやり始める前の太田先生は、「教室の机は当番が最後にそろえて帰ること! それができなければ、もう一日当番をやりなおし!」「給食のエプロンを忘れた? じゃぁ、もう一週間当番ね!」と、何かにつけて上から目線で、生徒に接していました。そんな風に生徒に「やらせること」ばかり考えていた太田先生が、自ら掃除をするようになった今では、「自分でやらずにはいられない」と思うようになったとおっしゃっています。
なぜ太田先生はこんなにも変われたのでしょうか。最初は「クラスが良くなるなら…」という思いで始めた掃除でしたが、いつの間にか掃除は、太田先生にとって一日を振り返り、自分を見つめる大切な時間になっていました。放課後の教室には、一人一人の机を揃えながら、「今日は、この子とは一言も言葉を交わせなかった。明日は声をかけよう」「今日はこの子とうまくいかなかったなぁ…。この子はいつも、どんなことを考えているんだろう…授業中、どんな景色を見ているんだろう…」と、生徒の椅子に座って黒板を見つめ、考え込む太田先生の姿があったのです。そんな風に毎日生徒一人一人に思いを馳せるようになった太田先生。…自分でも気づかないうちに、生徒に対する眼差しが変わってきたのでしょう。「あり方」が変わってきたのでしょう。
講演の最後に、太田先生はこんなことをおっしゃっていました。「『先生を見習って、毎日掃除をしているのですが、全然効果があらわれません』とよく言われるんです。それは、お掃除をしさえすればいいクラスができるはずだと、『見返り』を期待してやっているからだと思うんです」と。確かに、「担任の俺が掃除をしているのを見れば、生徒達も少しはいい子にしてくれるだろう。もしかしたら、手伝ってくれるかもしれない」と、これ見よがしに掃除をしていても、生徒も先生も、何も変わらないのかもしれません。
「何のために掃除をやるのか」が大事なんですよね。太田先生、カッコいいですね! 長野県にはこんなに素晴らしい先生がいるんだと嬉しく思いました。長野県の誇りです!