どんな仕事でも人を幸せにできる(その1)

私が一番受けたい「ココロの授業」

比田井和孝

どんな仕事でも人を幸せにできる 1

 

今年の二月に私は仕事で東京に行きました。山の手線内のある駅でふと思い立ち、初めて靴磨きのおじさんに靴を磨いてもらいました。
私は職業柄、いろんな職業の方がどんな思いで働いているのかにとっても興味があります。そこで、おじさんに話しかけてみました。

「この場所は長いんですか?」
「親父の代から数えたら、もう六十年になります。」

私はビックリしました。「靴磨き」という職業がこんな風に代々受け継がれていくものだなんて思ってもみなかったからです。
本当に失礼な話なのですが、もしかしたら、不景気で仕事がなくて、仕方なく「靴磨き」をしているのかなぁ…なんて思っていたのです。

おじさんの話はまだ続きます。
「私は学生の頃からですから、三十年くらいですね」
…このおじさんは「靴磨き職人一家」だったのです。
お父さんは靴磨きで家族を養い、子どもを大学までいかせているのです。
しかもそのお父さんの姿を見て、息子さんが靴磨きを継いでいるなんて…。
私は感動して、さらに聞いてみました。

「やっぱり、靴磨きも奥が深いんでしょうね」
「下手な人は油を塗ろうとするんだよ」
「えっ、違うんですか?」
「塗るんじゃないんだよ、染みこませるんだよ。塗るだけだと、一回雨に当たればもうおしまいなんだ。いかに染みこませるかが、腕のみせどころなんだよ」
「何かコツとかあるんですか?」
「言葉では説明できないんだよね。皮の種類、質、状態、湿度なんかで全部違うから…感覚だね。」
「一人前になるのに、何年くらいかかるんですか?」
「十年はかかるね。」
「へぇ~!そんな名人芸だったら、お客さんはまた来てくれますよね。」
「八割は常連さんだね。ほとんどが社長だよ。」
「やっぱり社長さんは違いますね!」
「違うんだよ、社長になって磨いたんじゃないんだよ。靴を磨くような人が、みんな社長になったんだよ。だからお客さんも社長になれるよ(笑)」
「なるほど! いつも靴をピカピカに磨いているような人が社長になれるんですね。そんな人は、いい仕事ができるってことなんですね!」

そんな話をしているうちに、右足の靴磨きが終わりました。
もうピカピカです。左の靴と全然違います。
次は左足です。ふと気付くと、磨き終わった私の靴の上に布がかぶせてあります。
おじさんは「せっかく磨いた靴が雨に濡れるといけないから」なんて言うんです。
そのときは小雨が降っていたので、私は傘をさして磨いてもらっていたのですが、このあと、雨の中を歩いていくのですから、どうしたって雨に濡れますよね。
それでも「靴が濡れないように」って布をかぶせてくれたのです。
もう参りました。この後、私がどれだけ気持ちよく、講演会場に向かったかは、お察しの通りです。
たった十五分ほどのことでしたが、とてもたくさんの事を学ばせて頂きました。
次回、東京行った時も、続きのお話を聴きに「靴磨き」をしてもらおうと思いました。

 さて、そんな話をブログに書いたところ、福岡の女子高生からメールが来ました。
彼女は、私が昨年、福岡の高校で講演をさせていただいた時から、私のブログやメルマガを読んでくれていた子です。

今、東京藝大の入試で東京にいますが、この間比田井先生がおっしゃっていた靴磨き屋さんに行ってきました。
この靴は私立の音大に全額免除で合格したご褒美で母に買ってもらったと言うと、「おめでとう。僕も昔はフルートやアルトサックス吹いてクラブで稼いでたよ。今は絵で稼いでいるけどね」とおっしゃっていました。
専門のフルートだけでも大変な私は、とても驚きました。
とても多才な方でした。実は今日、藝大の一次試験発表日で、そのまま見に行くのが怖くて靴を磨いてもらってから行ったのですが、お陰さまで通過していました。
靴磨き屋さんは「入社試験やその発表前に磨いてもらいに来る人はみんな合格した」と言っていたので、少し安心して結果を見に行けました。
私は将来、人を幸せにするフルート奏者になりたくてここまで頑張ってきました。
入試は運や縁があるので何とも言えませんが、自信を持って自分の音楽をしたいです。

 このメール、ホントに嬉しかったです! 
また「私立の音大に全額免除で合格したご褒美で母に買ってもらった靴」というところがいいですよね。
その大切な靴を磨いてもらったなんて…感動してしました。
彼女なら、絶対に「人を幸せにするフルート奏者」になれると思います。
フルート奏者になることが大事なんじゃなくて、「どんな」フルート奏者になるかが、大事ですものね。
この子は、わかっています。素晴らしいです! そんな子だから、東京藝大に合格できるわけですよね。2次も合格できるといいですね。

 靴磨きのおじさんと福岡の女子高生の2人から、「どんな仕事でも人を幸せにできる。それを決めるのは、その仕事をする人間の『あり方』」…そんなことを教えていただきました。
 (読者の皆さんへ)
  このお話には続きがあります。次回をご期待ください!