木下晴弘「感動が人を動かす」11
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「感動が人を動かす」11
「この国はまだまだ捨てたもんじゃない!」
「涙の数だけ大きくなれる!」著者 木下 晴弘
講演活動で各地にお邪魔する際、私はいつもパソコン・プロジェクター・スピーカー・延長コードといった、いわゆる七つ道具をキャリーバッグに詰め込んでガラガラと引き回しながら目的地に向かいます。その重さは15キログラムほどで結構重く、階段の昇降以外にも、精密機器が入っている都合上、石畳など起伏の激しい歩道では転がさずに持ち歩きます。それゆえ、かなりの腕力が必要になるのです。もちろんほとんどのクライアントさまはプロジェクター等をご用意くださるのですが、パソコンとの相性が悪いときは、うまく投影されないことがあり、それを避けるためにも持ち歩いているというわけです。
8月のある日の午後。うだるような暑さに、滝のように流れる汗を拭いながら、私は大久保駅の改札を出て徒歩10分ほどの道のりを15キロのバッグを引いてガラガラと歩いていました。暑さと重さで休み休みの行程です。
車がほとんど通らない裏路地の道を日陰伝いに3分ほど歩いたときでしょうか、おまわりさんの乗った自転車が一台、私を追い抜いていきました。いつも大阪で見かけるおまわりさんは、2人でペアを組んでパトロールをされているので「あ、一人なんだ。もう一人はどこにいったのかな?」などと、いらぬおせっかいでぼんやり考えていたのです。
そのとき、私の後ろから「おまわりさぁ~ん」と大きな声で叫びながら、これまた自転車に乗ったおばちゃんが、先行するおまわりさんの自転車を追いかけていくではないですか。「何事か!?」と一瞬思いましたが、さほど緊迫した様子でもないので、持ち前の野次馬根性も顔を出さず、私はマイペースで歩き続けました。ほどなくおまわりさんに追いついたおばちゃんとおまわりさんとの会話が聞こえてきます。
「いまね、駅前で着物を着たおばあちゃんが、あれはたぶん道に迷っているね。メモを片手にあっちうろうろ、こっちうろうろしてるんだから。私、急いでるから声かけてあげられなくてさぁ。もしよかったら、おまわりさんにお願いできればと思ってさ」
すると、そのおまわりさんはにっこり笑って、そのおばちゃんに敬礼しながら「了解しました!すぐにおばあちゃんを探しに行きます!あとは任せてください!」とこたえると、いま来た道をさっそうと引き返し、駅の方向に戻っていったのです。その背中におばちゃんは「わるいわねぇ、おまわりさん!ありがと~!」とエールを贈りながら、おまわりさんが角を曲がるまで見送っておられました。そしてその姿が見えなくなると、何事もなかったかのように去っていったのです。
う~ん、何たるおせっかい!素晴らしい!このおせっかいは「大阪のおばちゃん」の専売特許ではなかったか?「東京のおばちゃん」もなかなかやるのぉ。この世知辛い世の中で、他人を思い遣る心の余裕を持ったおばちゃんと、任務とはいえさわやかに対応してくださったおまわりさん。この国はまだまだ捨てたもんじゃない!真夏の昼下がり。ほんの1分ほどの出来事でしたが、エネルギーを一瞬でチャージしていただいた私は、足取りも軽やかに目的地に向かいました。