やさしさに溢れていた授業」
日本講演新聞・魂の編集長の「ちょっといい話」第二十一回 「やさしさに溢れていた授業」
水谷もりひと
日本講演新聞にはいろんな講演会で語られた心を揺さぶるいい話が掲載されています。
昨年掲載した泉鏡花賞作家・寮美千子さんのお話はとても強烈でした。寮さんは奈良市少年刑務所で受刑者の少年たちに絵本や詩を使った授業をしてきた方です。
きっかけは同刑務所で開催された矯正展でした。矯正展とは受刑者が作成した家具や工芸品の即売、彼らが書いた絵画や作った俳句などを展示する地域に開かれた催し物です。
同じ赤や青でもいろんな赤や青がある絵に感動し、「振り返りまた振り返り遠花火」という俳句に涙した寮さん。一緒に行った夫に「この子たちは悪いことをした子に思えないね」と話したら、その会話を聞いていた教官が「そうなんです。ここの子はみんなやさしいんです」と声を掛けてきたのです。
「どういうことですか?」と聞き返したところから、しばし立場話になり、寮さんは名刺を差し出し、「私にできることがあればお手伝いします」と言って別れました。
少年刑務所から電話が掛かってきたのは半年後のことでした。「少年たちに絵本や詩を使った授業をしてほしい」と依頼されたのです。まさか直接受刑者に接触するなんて思ってもみなかった寮さんは「どんな子たちなんですか?」と聞きました。「殺人、強姦、薬物、傷害などです」と聞いて尻込みした寮さんでしたが、「この施設の目的は退院後に就職させることです。だから何としても『人の心』を取り戻してあげたいんです」と熱く語る教官の思いに心打たれて引き受けました。
最初の授業は、寮さんの絵本『おおかみのこがはしってきて』を使いました。
寒い冬の日、凍った池の上を走っていたオオカミの子どもがすべって転んだ。それを見ていた子どもがお父さんに「なんで転んだの?」と質問する。お父さんは優しく「それはね…」と答える。子どもは「それはどうして?」とまた聞く。お父さんは「それはね…」とまた答える。この会話がずっと続くのです。
寮さんは受講生を二人ずつペアにして、片方をお父さん役、片方を子ども役にして朗読劇をさせました。終わった時、予期せぬことが起きました。聞いていた受講生たちがその二人に拍手をしたのです。
恥ずかしそうに、そして嬉しそうに席に戻った最初の二人。寮さんは思いました。
「この子たちは今まで誰からも拍手をもらったことがないんだ」と。
朗読劇は全員にやってもらいました。初日から教室の中の空気が変わりました。寮さんの目に全員の顔が輝いて見えたのです。「拍手」、たったこれだけのことで、彼らの中に自己肯定感が芽生えたのです。
詩の授業です。今まで詩など書いたことがありません。寮さんは言いました。「何も書くことがなかったら好きな色についてでもいいよ」って。
「金色」という詩を書いた子がいました。
金色は空にちりばめられた星
金色は夜つばさを広げ羽ばたくツル
金色は高くひびく鈴の音
ぼくは金色がいちばん好きだ
「なんという感性なの!」、寮さんは胸がいっぱいになりました。
「くも」という詩はたった一行でした。
空が青いから白を選んだのです
「どんな気持ちで書いたの?」と聞くとこんな答えが返ってきました。
「お母さんは体が弱かった。お父さんはいつもお母さんを殴っていました。ぼくは小さかったからお母さんを守ってあげることができませんでした。お母さんは亡くなる前、病院で僕に言いました。『つらくなったら空を見てね。お母さんはいつでもそこにいるから』。ぼくはお母さんの気持ちになってこの詩を書きました」
寮さんは涙を堪えることができませんでした。
一人の少年が手を挙げて感想を言いました。「〇〇君はこの詩を書いただけで親孝行やったと思います」
別の少年はこんな感想を言いました。「ぼくはお母さんを知りません。でもこの詩を読んで空を見上げたらお母さんに会えるような気がしてきました」
寮さんの授業は二〇〇七年から九年間、奈良少年刑務所が閉鎖されるまで一八六人の少年たちに行われました。
改めて思います。幼年期少年期の子どもに必要なのは、「全承認」だということを。親の一番の仕事は子どもが子どもの心で過ごせる環境をつくってあげることだということを。