教育の最終目的に向かって・・・
みやざき中央新聞・魂の編集長の「ちょっといい話」第十回
「教育の最終目的に向かって・・・」
水谷もりひと
この春、友達の息子さんが小学校を卒業しました。そしてその日は、彼の自立の日
でもありました。
体に障がいのある彼は、少し離れた支援学校中学部に入学するのですが、その学校
に併設された寄宿舎で生活を始めるのです。
春休みのうちに息子と一緒に寄宿舎に行き、息子だけ置いて帰るお母さんのMさ
ん。涙が止まらなかったそうです。息子さんは毎週末、自宅に帰ってくるのですが、
それでも別れは別れです。
この話を聞いて、以前、みやざき中央新聞で取材した山梨県の福祉相談員・小林修
さんの話を思い出しました。
脳性まひの小林さんは、体が思うように動かせないという障がいと、言いたいこと
がうまく言えない言語障がいがあります。もう還暦を過ぎておられますが、今も障が
い者を対象とした相談員として活躍されています。
それは50年以上昔のこと、修少年は山梨県で最初にできた病院と寄宿舎が併設され
た養護学校小学部に入学しました。「歩けない」ということで普通学校に入学できな
かったのです。
修少年は当時6歳。お父さんから「おまえが行ける学校ができたそうだ。一緒に見
に行こう」と誘われて、ご両親と見学に行きました。その時、なぜかお母さんは大き
なトランクを持っていましたが、6歳の子どもにはいろいろ詮索する力はありませ
ん。後で分かったのですが、その中には彼の着替えがたくさん入っていたそうです。
午前中、施設を見て回りました。お昼時になり、案内してくれた先生が「修君もみ
んなと一緒に給食を食べよう」と言いました。彼だけ食堂に案内されて給食を食べま
した。そのすきにお父さんとお母さんは帰ってしまったのです。
小林さんは講演の中で、その辺はさらっと話してましたが、お父さんお母さんは滝
のような涙を流しながら寄宿舎を後にされたに違いありません。
親から「頑張れよ」という言葉もないまま、一人にされた修少年は泣くことも忘れ
て、親が置いていった大きなトランクを開けました。そこにはボタンのない服がたく
さん入っていました。当時、修少年はまだ服のボタンを1人で留めたり外したりする
ことができなかったのです。
お父さんもお母さんも、「ここで6年間暮らすんだぞ」とはどうしても言えなかっ
たんだろうと思えるようになったのはもう少し大きくなってからでした。
施設での6年間、それはそれは厳しい生活でした。自分の下着は自分で洗濯せられ
ました。とにかく何でも自分でするのが基本でした。家に帰れるのは1年にお正月の
3日間だけ。せっかく機能訓練をしても、家に帰って親に甘えて手足を動かさないで
いると、元に戻ってしまうからです。
月に一回の面会日が一番の楽しみでした。いつもご両親は7歳年の離れた妹を連れ
てきました。一日一緒に過ごし、夕方、よちよち歩きの妹を連れて親子3人で帰る後
ろ姿を見ながら、修少年は面会のたびに泣いていました。「どうして僕は家族と一緒
に暮らせないんだ」と親を恨んだこともあったそうです。でも、小学4年生から泣か
なくなりました。泣いている自分を置いて帰らなければならない親の気持ちが少しだ
け分かるようになったのです。
修少年は、小学校の後半の3年間、「何にも掴まらずに、歩行器も使わず、自分の
足で1㌔歩く」という目標を立てました。でも6年生になっても750㍍しか歩けま
せんでした。
当時を振り返りながら小林さんは「今仕事ができて、結婚もできて、子どももい
る。それはあの厳しかった6年間の機能訓練のおかげです」と感謝されていました。
時代は変わって、障がい者の就労環境も随分よくなりました。しかし、子を思う親
の気持ちは今も昔も変わりませんね。今もたくさんの小さな子どもたちが親元を離れ
て寄宿舎生活をしています。
教育は子どもを自立させるのが最終目的です。機能訓練は厳しいかもしれません
が、その厳しさが未来に確かに希望の光を灯すのです。頑張ってほしいです。
プロフィール
みやざき中央新聞 魂の編集長
学生時代に東京都内の大学生と『国際文化新聞』を創刊し、初代編集長となる。
平成元年にUターン。宮崎中央新聞社に入社し、平成4年に経営者から譲り受け、編集長となる。
24年間社説を書き続け、現在も魂の編集長として、心を揺さぶる社説を発信中。
◇これまでの活動
平成11年 MRTラジオ暮らしのレーダーで、「男性学講座」を担当
平成12年・13年 MRTラジオで「みやざきトゥデイ」を担当
平成13年・14年 サンシャインFMで「時代を語る」を担当
平成16年 宮崎県男女共同参画推進功労賞受賞
平成19年~20年 宮崎市男女共同参画審議会委員
平成18年~23年 宮崎家庭裁判所参与員
平成25年 社長と共にコンゴ民主共和国に渡り、現地視察と読者会開催
平成26年 宮崎県日向市ドリームプランプレゼンテーション出場 感動大賞・共感大賞 W受賞
◇現在の活動分野
働く人の心のケアをする厚労省認定産業カウンセラー
◇趣味
育児、家事手伝い
平成21年 宮崎に開校した俳優養成所に入所し、いろいろなCMに出演
◇著書
『空から宮崎を見れば』(宮崎中央新聞社)
『みやざき発夢未来』(鉱脈社)
『男と女の夢未来』(鉱脈社)
『日本一心を揺るがす新聞の社説』(ごま書房新社)
『日本一心を揺るがす新聞の社説2』(ごま書房新社)
『日本一心を揺るがす新聞の社説ベストセレクション(講演DVD付)』(ごま書房新社)
『この本読んで元気にならん人はおらんやろ』(ごま書房新社)