第39回「すべての行動には意味がある」
熱血先生 今日も走る!!!
「子は宝です」 第39回
「すべての行動には意味がある」
中野 敏治
「教頭先生、三年A組の男子が二人、授業に出ていないんです」と言いながら、若い英語の先生が慌てて職員室に入ってきた。そこにいた職員は、全員、その生徒を探しに職員室を飛び出した。
その学校に教頭として着任をした一年目の秋のことだった。事務職員に職員室にいてもらい、少し時間をおいて私も彼らを探しに行った。廊下で職員とすれ違うと、首を横に振っていた。なかなか見つからないのだ。
クラスでもやんちゃ気味の二人の男子生徒。「学校にはもういないかもしれませんね」「他校の生徒のところ行ってしまったのかもしれないですよ」。そう声をかけてくる職員もいた。もし私だったらどこに行くだろうか、と、ふと考えた。校地内で見つかりにくい場所を考えた。
「もしかしたら・・・」と思い浮かぶ場所があった。校舎の裏にある物置と給油庫の間かもしれない。足音を立てず、そっとその場に向かった。人の気配を感じた。彼らがいた。二人は給油庫に寄りかかるようにして、しゃがんでいた。私を見ると、慌てて逃げようとした。
「ちょっと待って。ここに座っていていいから」。
彼らは怒られると思っていたのだろう。きょとんとしていた。
「授業をサボっているんだって。もう少しサボっていいから。先生も少しここで仕事をサボるかな」
そう声をかけると、彼らの顔の表情が柔らかくなった。彼らが並んで腰を下ろすと、二人の間に割り込むように私が座った。
「教頭先生、仕事サボって校長先生に叱られないのかよ」
「二人だって、授業サボっていて、先生に叱れないのか?」
「え、教頭先生だって、先生じゃん。叱らないのかよ」
「あ、そうだな。叱られたいのか?」
そんな会話をしていると、彼らが急におかしなことを話し出した。
「教頭先生って、俺たちと同じ匂いがする」
「なんだよ、そんなに臭いか?」
「そうじゃない。教頭先生も中学校の時、やんちゃだったでしょ」
同じ目線で彼らと話しているからそう思ったのだろう。
「先生は、やんちゃじゃないぞ」
「え、嘘を言わなくていいから。ちゃんとわかるから。校長先生には内緒にしておくから」
彼らは、完全に私を仲間と思って話をしてきた。確かに授業をサボっている彼らと仕事をサボると言った私は同じだと思ったのだろう。
「でも、なんで授業に出ないんだ」
私の言葉に、彼らは下を向いた。少しの沈黙の後、一人の生徒が話し始めた。
「教頭先生、俺たち授業を受けていても、全然わからないんだよ。黒板に書いてある英語も読めないし、意味もわからないし」
その言葉を聞いて、もう一人の男子生徒が話し始めた。
「仕方ないよな。俺たち、ずっとサボってきたんだしな」
「授業がわからないから、授業を抜け出したのか?」
そう言葉を返すと、彼らは黙ってしまった。少し間をおき、つぶやくように彼らが心の中の言葉を話し出した。
「それだけじゃないんだよ。だって、もうそろそろ進路先を決めなければいけないのに、俺たち、どうしたらいいんだかわからなくなっちゃって」
そのまま二人はうつむいた。普段のやんちゃな姿はそこにはなかった。私は彼らにどう言葉をかけていいのか迷ってしまった。ありきたりの言葉では、私の本心ではないと彼らはすぐにわかると思った。私もうつむいてしまった。
「諦める時は今ではないと思う。まだ時間はある」としか彼らに話せなかった。うつむいていた二人は顔を開けた。
「受験科目は英語だけじゃないし、ほかの教科もあるし、やれるだけやるか」
力のない声だったが、ちゃんと聞きとることができる言葉だった。
「どうする?」と彼らに声をかけた。
「え、どうするって?」
「授業だよ」
その時、足音が聞こえた。私が口の前に人差し指を立てて、「静かに」というサインを彼らに送った。二人は首を縮めるように言葉を止めた。
彼らを探している先生の足音とわかった。私はもう少し彼らと話したかった。足音が去っていった。
二人は顔を合わせてから小さな声で、「授業に行くか」と腰をあげようとしたが、それを止めた。
「足音、聞こえただろう?今二人のことを全職員で探しているんだよ。二人のことを心配しているから、先生方はあんなに一生懸命に走り回っているんだよ。わかるか?」
二人は素直な目でうなずいた。
「校舎に戻って、黙って教室に入るんじゃないよ。その前にすることあるよな。心配をしてくれる大人がいるってことは幸せなんだぞ。先生は先に職員室に戻るから」
そう言って、彼らよりも先に腰をあげ、職員室に戻った。しばらくすると二人が職員室にきた。担任の先生が彼らを叱ろうとした時、彼らの目が赤いことに気がついた。あのやんちゃな子が泣いていたのだ。
自分たちの進路で悩み、授業がわからない状態で教室にいた彼ら。でも授業がわからないとは誰にも言えなかった。今までのやんちゃぶりからすれば自業自得と言われても仕方ないと思っていたのかもしれない。時間だけが過ぎ、受験校を決める時期まできていた。焦りと後悔。そんな状態の彼らだった。
担任の先生は彼らに何も問わず、英語の授業が行われている教室に二人と一緒に向かった。きっと教室まで行く間に彼らは担任に「ごめんなさい」と言ったのだろう。職員室に戻って来た担任は嬉しそうな顔をしながらも目に涙をためていた。
(子は宝です)