第34回「教室に入るのが怖いんだ」

熱血先生 今日も走る!!!
「子は宝です」 第34回

「教室に入るのが怖いんだ」
中 野  敏 治

短い期間でしたが、私は学童保育の施設長をしていました。私がいた学童保育は小学一年生から六年生までが対象でした。4月の小学一年生は学校生活にもまだ慣れていない時なので、学童へ来ても横になり熟睡してしまうのです。ある職員が、「中野先生、トイレを汚すから、男子にトイレの仕方を教えてあげてください」と連絡が入りました。今まで経験もしたことがないおしっこ指導です。男子一年生を男子トイレに集めました。「おしっこの仕方、わかっているのかな?」というと、元気いっぱいに、「はーい」「はーい」とみんなが大きな声で、手をあげるのです。「先生に教えて」というと、自慢そうに「小学生になったら、ズボンを下げないでおしっこをするんだよ」というのです。周りにいた他の一年生も、「そうだよ、小学生になったら、ズボンを足まで下げないんだよ」と自慢そうにいうのです。
こんな無邪気そうな一年生の中に、落ち着かない男子児童がいました。自分の世界を持っているのです。それは悪いことではなく、私は素晴らしいと感じていました。一人遊びが好きなんです。時々、友達と一緒に遊んでいても、すぐに他に気が行ってしまうのです。
私はその男子児童とよく遊ぶようになりました。オセロをやっているときは、私が黒で勝ちそうになると、自分の色が黒だというのです。私は大人気なく、「真剣勝負だぞ!ずるいことは許さないからな」と大きな声で彼に言いながら、またオセロ勝負です。
施設長の仕事は、職員のシフトを組んだり、勤務時間の管理をしたり、予算を組んだりという仕事なのですが、どうしても子ども達と遊ぶ時間が増えてきました。
ある日、私が事務室でパソコンに向かって仕事をしていると、彼がそっと私の横にくるのです。そして私の横の椅子にじっと座っているのです。気づかぬふりをしていると、私を突っついてくるのです。そこで気づいたふりをして「あ、びっくりした。どうしたんだ」と声をかけました。「先生、知っていたんでしょ」とニコニコしながら言うのです。「みんなと遊んでおいで」と言っても「ここがいい」と。多動で、注意をされてもすぐに忘れてしまい、職員を困らせていました。でも、そんな彼を私は好きでした。
ある日、あまりにも他の子どもとトラブルを起こすので、事務室の私の横の椅子に座っているように伝えました。彼は喜んでくるのです。そしてじっと私の仕事を見ているのです。思いついたように彼に声をかけました。「あ、そうだ。先生の子分になるか?」と。彼は「え〜、俺が親分で、先生が子分ならいい」というのです。「じゃ、子分にしてあげない」というと、彼は「子分にしてください」と笑いながら言ってくるのです。それから教室で他の生徒とトラブルがあると、事務室にくるのです。「どうしたんだ」と聞くと、トラブルのことは言わずに「子分は親分の近くにいないといけないんだ」と。
そんな彼が自分の心を話しだした日がありました。小学一年生が目に涙を溜めながら、話しだしたのです。「先生、俺ね、教室に入るのが怖いんだ。学童だけでなく、学校の教室にも入るのが怖い。だから教室に入るときはいつもそっと後ろから入っている」と話し出すのです。
びっくりしました。無邪気に遊び、喧嘩もし、大きな声で笑う。小学一年生はそんなイメージでいました。真剣な顔をして小学一年生が私に話してきたのです。どう返事をしていいのか戸惑い、その日は「そうなんだ」としか返事ができなかったのです。
いじめられたり仲間はずれにされたりしているのかとも思いましたが、他の子ども達や小学校の担任の先生に聞いてもまったくそんな様子はないというのです。お迎えにくる祖父や保護者にも聞きました。家では祖父に対して言葉遣いは悪いが、特に他には気がついていないと言われました。
数日後、また彼が事務室にきて、そっと私の横にある椅子に座りました。わざと「仕事の邪魔をするなよ」というと、彼は「子分は親分の近くにいないといけないんだ」と笑いながら言うのです。「子分ならみんなに優しくするんだぞ」「わかってるよ」「おじいちゃんにもだぞ」。彼はどきっとしたようでした。彼はわかっていたのです。「わかってるって。親分」と笑いながら言うのです。
真剣な顔をして真正面から彼に話しました。「教室はまだ怖いか」と。彼も真剣な顔になりました。そして「うん」と頷くのです。「どうして怖いの?」などと理由を聞いても本人にもわからないものです。これは不登校の生徒に「どうして学校に行けないの?」と聞くのと同じことです。理屈ではないのです。心が動かないのです。
「今度の土曜日に授業参観がある。だから頑張る」と彼が話しました。教室のどの場所に座っているのかを彼に聞きました。
そして土曜日、彼が通っている小学校の授業参観に行きました。彼のいる教室を探し、教室の前から彼を探しました。私に気がついた瞬間、彼は驚いて椅子から立ち上がってしまったのです。そして周りを気にせず手を降り出したのです。
週明けに学童保育にきた彼は、まっすぐに事務室にきました。そして、ニコニコしながら「親分が来たから俺、もう大丈夫だ」と元気一杯。子どもは天使です。
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