第15回「この子は私の息子です」
熱血先生 今日も走る!!!
「子は宝です」
中野敏治
第15回『この子は私の息子です』
○荒れる少年、うわさは地域に
授業を行っている時でした。昇降口の方から「バン」と大きな音がしました。あわててその場に駆けつけると、ドアに大きな穴が開いていました。彼はさらにドアを蹴ろうとしていました。その場で彼を注意すると、捨てくされた態度をとるのです。さらに、彼の近くに行き、強く注意しました。すると彼は近くにあった柄の長い箒を持ち、それを振り上げ、私に殴りかかろうとしてきました。
私がその箒で殴られたのなら、今までの彼への指導が、今までの彼に対する思いが彼に通じていなかったのだと思いました。そして、殴られてもいいと思いながらさらに彼の近くに寄っていきました。彼は箒をさらに高く振り上げました。でも、そこで箒を止めたままでした。
その当時は、これほどにまで彼の心が荒れていたのです。彼は、授業に遅れてくるときは、いつも大きな声で校舎に入ってきました。指導を繰り返すものの、すぐには彼の生活は直りませんでした。地域でも、彼のうわさは広がり始めました。
彼の家へ家庭訪問をしたときのことです。父親はまだ帰ってきていませんでした。母親といろいろな話をしている中で、母親は「息子のことで、地域を歩くのも辛い。買い物もあえて遠くに行くようになった」と話をしたのです。
母親との会話の途中で父親が帰ってきました。この晩は、両親と話をすることができました。
父親は「先生、ご迷惑をおかけしています。でも、あいつは俺の息子なんです。憎いと思うことがあっても、私の息子なんですよ」と小さな声で、でも力強く話をしてくれました。「女房は地域を歩くのが嫌とよく言っていますが、私は地域を歩くことを気にしません。誰かが影で息子のうわさ話をしていても、親の育て方が悪いと言っていても、今は気にしません。親であり、子であるのですから。ありのままを受け入れます」と。
親の子を思う強さに心が震えました。目頭が熱くなるのを感じました。
○卒業して5年。成人式の晩に
中学校を卒業して5年が過ぎ、成人式がありました。
教え子達は久しぶりに会う仲間とあちらこちらで話が盛りあがっていました。もちろんその話の輪の中に彼もいました。
成人式の会場で「先生、今夜、クラス会やるからね。場所は……」と一人の教え子が話しかけてくれました。
その晩のクラス会は、ほぼ全員のクラスメイトが集まりました。お酒もあり大いに盛りあがっていました。成人式の会場では話しきれずに、ここでもお互いの近況報告や中学校時代の思い出話に花が咲いていました。
私の隣に座ったのは、中学時代に私を箒で殴ろうとしていた彼でした。彼も明るく何人かの友だちと中学校時代の話で盛りあがっていました。
突然、彼が「先生、あの時のことを覚えている?」と私に話を振ってきたのです。ドアを蹴破ってしまって、その後、ドアを直したことや殴る気持ちはなかったけれど、箒を振り上げたことなど、懐かしい話として話し始めました。
話の途中で彼が真剣になり、話を続けました。「先生、俺はあの頃を振り返ると本当に親に迷惑かけたと思うよ。でもあの頃は、親のことが大嫌いで、何か言われると、それだけでイライラしていたよ。あの日(ほうきを振り上げた日)だって、朝から親と喧嘩していたんだよ。親に反抗をしていた時は、親に迷惑かけているとは思わなかったし、俺の勝手にさせてくれって思っていたし…」と彼は私と近くにいた仲間にも話し始めたのです。
彼はその話の最後に「でも、親っていいぞ。今、親父に何でも相談できるし、親父は何でも答えてくれるから。親父は頼れるよ」と話したのです。周りにいた仲間は「今頃、言ってもなぁ。中学時代に気がつけよ」と笑いながら話をしていました。横にいた私は、彼の家を訪問した日のことを思い出していました。
父親は我が子がどんな状態の時でも、ありのままを受け入れてきたのです。そして、その思いはわが子へ通じていたのです。
世間の目を気にしない、この子は私の子どもですと言い切る、真剣にわが子と関わっていたあのときの父親の姿。彼は親の姿を見て、成長をしてきたのです。
今、彼は何人かの従業員を雇い、会社を2つ経営しています。あのとき彼を信じていた父親の思いに、彼は支えられていたのだと思います。 (子は宝です)