木が泣く

⑪木が泣く

杣人(そまびと)から聞いた話です。杣とは、木こりをして生計たてている人のことです。木を伐(き)り出すとき、木が泣くというのです。もちろん、木の泣く声が聞こえるわけではありません。根元に斧を入れて、倒れる瞬間に木が引き割かれ擦れ合う音です。
日本古来の伝統的な伐採方法では、木の根元の三ヶ所だけを残して斧を入れるそうです。三角形を思い浮かべてみてください。その二つの頂点を横弦と呼びます。横弦を結んだ線の側に木を倒します。残りの一つの頂点を追弦と呼びます。この三点を三紐(みつひも)と呼びます。
木を倒すとき、最初に追弦を切ります。すると、木は自ずと横弦を結んだ側に倒れようとします。倒れようとしたまさしくその瞬間に、両横弦に斧を入れるのです。本当に短い時間のことなので、2、3回しか斧が入りません。
横弦に斧が入る瞬間、山に「ギギィ~」という音がこだまします。これが「木が泣く」という所以です。杣人にとっては、この三紐を細く残すことが腕の見せ所。追弦は引っ張られる力、横弦は圧縮する力がかかるので、横弦の方がやや太めにする必要があるそうです。杣人は木が大きな声で泣かないように、大事に斧を入れると聞きます。チェーンソーを使うようになった今でも。
コンビニでは毎日、賞味期限が切れた食べ物が大量に廃棄されています。食品のほとんどは、動物、植物などの生き物です。生命なのです。生き物の命を絶っておいて、一方では捨ててしまうという矛盾に、やるせなさを感じるのは私だけでしょうか。
日本という国は、命を余すことなく活用してきました。鯨は肉を食べるだけでなく、骨も皮も、ヒゲさえも捨てるところなく使ってきました。木も同じ。建築に使った端材で家具を造り、そのまた端材で日用雑貨を生み出してきました。木肌で家の屋根も葺きます。山で働く人たちは、いまでも命を大切にする心を持っています。
木曾屋柴蔵さんも山に入る前に、最初にすることがあるといいます。山にお神酒を撒くというのです。何十年、何百年も生きてきた木曾のヒノキに、心から感謝してお酒を飲んでもらうのです。そして、木があまり泣かないように、丁寧に寝かせていくそうです。
コンビニのお弁当は、ひょっとすると大泣きしているかもしれませんね。
衣食住。服も食材も木も、大切に使いたいものです。すべては自然の恵みだから。