「お客様にラブレターをお預かりしています」前編

「一枚のポストカード」(前編)
~お客様にラブレターをお預かりしています~
志賀内泰弘

モスバーガーのフランチャイズを展開する(株)モスフードサービスの専務取締役・田村茂さんとは、会うたびに「ちょっといい話」を紹介し合う仲です。そのエピソードは小紙の当コーナーでも何度か掲載させていただきました。
ある日のことです。東京出張の帰り、新幹線の時間までちょっと時間があったので、田村さんを本社に訪ねました。すると、開口一番!
「志賀内さん!ついこの前、飛行機に乗れなかったおかげで、感動に出逢えたんですよ」
(え!?乗れなかったおかげですって)
手には、飛行機の写真のポストカードが・・・。
それは、こんなお話でした。

出張のため、田村さんは羽田空港からANAの熊本便に搭乗の予定でした。ところが、(皆さんもご存じのように)ボーイング787機に不具合が発生し、欠航になってしまいました。そのため、田村さんは出張を一日延期。チケットを振り替える手続きを電話で済ませました。極めてイレギュラーなケースなので、出発前に搭乗カウンターで手続きをし直して欲しいとのことでした。
さて、翌日のこと。搭乗カウンターへ行くと、どうしたことか昨日の便からの振り替えの登録ができていませんでした。電話でのやりとりのため、言葉足らずだったのか・・・それとも。どちらに非があったか分からず仕舞い。でも、今はそんな理由を追求している暇はありません。今日こそはどうしても熊本に行かなくてはならない。刻々と搭乗時刻は迫っています。
その時、ANAカウンターの女性スタッフが機転を利かせて奔走してくれました。出発直前のことでもあり、簡単ではなかったようです。バックヤードの事務所に駆けて行ったかと思うと、再び飛んで来て、予約画面とにらめっこ。それこそ額に玉の汗をかいて間に合わせてくれたそうです。どうやら、かなり煩雑な手続きながら搭乗時刻に間に合わせようと奮闘した様子から伝わってきました。
普段から、お客様と接する仕事をしている田村さん。社員やアルバイトさんには「お客様に心を込めておもてなしを」と口にしています。ゆえに、よけい一生懸命に尽くしてくれた女性スタッフの対応に感激したのでした。何かお礼がしたい。でも、いつもならカバンの中にモスのサービス飲食券が入っているのですが、その日に限って忘れてしまった。
(本人いわく、自分でも何を思ったのかわからないけれど)パッと自分の名刺を手渡し「ありがとう」と言い保安検査場へと駆けたそうです。

さて、それから一週間後のことでした。
今度は、沖縄へ出張するためANAに乗りました。座席に座るやいなや客室乗務員さんが近寄って来て、にっこり。
「お客様にラブレターをお預かりしています」
と一通の封筒を手渡されました。中を開けると、飛行機のポストカードに、細かな丁寧な文字でこんなメッセージが書かれていました。

「2013.2.28 129便にご搭乗
田村茂様

本日もANAをご利用いただきまして誠にありがとうございます。2月20日に羽田―熊本の搭乗手続きをさせていただきましたFと申します。突然のメッセージをお許しください。
先日は、長時間お待たせしてしまい大変申し訳ございませんでした。その後、何かご不明な点などなかったでしょうか。
日々お忙しいと思いますのでご記憶にないかもしれませんが、「これも縁だから」と御名刺を頂きました。日頃「お客様との繋がり」を大切にしたいと思っている私にとっては、とても印象的で、田村様の温かなお人柄に強く感動いたしました。
また僭越ながら、貴社のことが書かれた著書「羅針盤の針は夢に向け」を拝読させていただき、モスバーガーの創業者の熱いパッションや「人生はたらいの水の如し」の言葉に共鳴しました。今、ES、CSを勉強している私にとって心に響く言葉や参考にさせていただきたい点が数多くありました。また、私は東武東上線沿いの出身なので、モスバーガー様の創業の地が成増にあると知り、これも素敵なご縁と感じました。今後もお客様とのご縁を大切に、心寄り添うサービスを目指して邁進してまいります。寒い日が田村様には、またお目にかかれる日を心から楽しみにしています。寒い日が続いておりますので、どうぞご自愛下さい。長々と失礼いたしました
ANA 旅客部●課 F

田村さんは、飛行機に乗って、こんな手紙をもらったことは一度もありませんでした。「たった、一枚のポストカードで、こんなにも人の心を幸せにできるんだ」と思うと、ますます感激して、那覇空港に着くまでの間、何度も何度も読み返したそうです。

「心にビタミンいい話」
「一枚のポストカード」(後編)
~この人に逢いたい!~
志賀内泰弘
田村さんは、沖縄に着くと早速仕事先でこの話をしました。その後も、いつもメッセージの書かれたポストカードを持ち歩き、「こんな素晴らしい人がいるんだよ」と、あちこちで喋りまくりました。日頃から「一期一会」の心を大切にしている田村さん。まさしく、接客のお手本だと確信したのです。
しばらくして、なぜ自分がそんなにも感動したのかという点を考えてみました。
① 名刺をくれた人が勤めている会社のことを知るために、その会社の本を買って読むなんてなかなかできないこと。スゴイ!
② 「人生はたらいの水の如し」とは、「たらいの中の水を手でこちらへ掻くと、あっちへ逃げる。向こうへやると、こっちへ来る」という仏法の有名な説話。分厚い本(400ページ超)の中で、ここに心が留まったとは、若いのにもかかわらず相当に奥深い人生感を持っていると思われること。
③ 面倒だろうに、すぐにメッセージを書いてくれたこと。それも、ポストカードにびっしりと。普通なら書いたとしても3.4行程度のメッセージではないか。字積りもバッチリなので、おそらく下書きをしていると思われる。
④ さらに・・・なぜ、自分が一週間後に沖縄便に乗ることを知ることができたのか?きっと、予約画面で確認したのだとは推測できるが、「そこまで」してくれたことが心憎い。
⑤ ANAでは、地上スタッフからの手紙を客室乗務員にリレーするシステムが出来上がっているのだろうか?もし、そうだとすると、素晴らしい会社だ。

考えれば考えるほど、Fさんの素晴らしさに感動し、もう一度会いたくなりました。そこで、Fさんご本人宛、さらにANAの秘書部宛に「もう一度お目にかかり、さまざまなことを学びたい」という旨を添えたお礼状を認めました。何度かのやりとりの後、ついにアポイントメントが取れ、Fさんを訪ねました。
(実はこの時、志賀内も厚かましく同行させていただきました)
羽田空港のANAの応接室で待っていると、Fさんは飛び切りの笑顔で私たちの前に現れました。

聞けば、入社5年目とのこと。Fさんに①から⑤の「感動」を直接伝えました。そして、
「いつも、こんなメッセージを書かれているのですか」
と尋ねると、「いつもではありませんが、ときどき・・・」との返事が返ってきました。
ついこの前も、年配のご夫婦のご主人が、出発直前になって搭乗待合室で気分が悪くなられてしまったそうです。しばらく介護をしていたけれど、すぐには回復しない様子。大事を取って飛行機を翌日に変更し、東京にもう一泊することになったそうです。
そして、翌日。Fさんはそのご夫婦のことが心配になり、なんとかお見送りに行きたいと思いました。でも、カウンターの業務が立て込んでいてどうしても離れることができない。そこで、素早く「どうぞおだいじに。良い空の旅をお楽しみください」とメッセージを認め、CAさんに手紙を託したそうです。
「田村様のときも、本当は沖縄便に乗られる時、お見送りに行きたかったのです。勤務の都合で仕事場を離れることができないことがわかっていたので、やむをえずメッセージを書いたのです」。
ますます、田村さんは感激してしまいました。
(できることなら、モスにヘッドハントしたい!)

実は、驚いたことがもう一つ。なんと、実は、その数日後には、モスバーガーのホームページを見て、創業第一号店である成増店を訪ねて来たというのです。
すると、「やっぱり、あなたでしたか!」と田村さん。これは偶然ですが、店長会議の席で「店長さんはいらっしゃいますか?接客のことについて勉強させていただきたくて」と成増店を訪ねていらした航空会社の女性(社名も名前はわからない方)がいたことが、話題になったというのです。
「あ・・・それ、たぶん私のことです。バレてましたか」
とFさんが顔を真っ赤に。田村さんは、またまたビックリ。
横からちょっと口をはさみ、Fさんにこんな質問をしました。「どんな気持ちで仕事をされているのですか?」と。すると、こんな答えがすぐさま返ってきました。
「『世界中をハッピーにしたい!』という熱い思いで働いています」
なんと大きなパッションでしょう。働くことで、世界中の人を幸せにしたいなんて、そんな人にお目にかかかるのは初めてです。
「飛行機が好きだから、ANAで働けて幸せです」
とも。(こりゃ、ヘッドハントは無理そうですね、田村さん)
一枚のメッセージカードから、たくさんのことを学ばせていただきました。
田村さん、ありがとう!Fさん、ありがとう!