雨の日の優しいおじさん (2007/1/13)

 傘をよく置き忘れる。家に帰ってから気付くこともある。遠いところだと、面倒なので取りに行かないこともある。電車賃のほうが高くつく場合があるからだ。最近では、百円ショップにも傘が売られるようになった。今回は傘にまつわる話。名古屋市中川区にお住まいの影山裕子さん(30)から届いたお便りを紹介したい。

 一昨年の春のこと。四歳になる息子さんが熱を出し、車で病院へ連れて行ったときの出来事だそうだ。診察を終えて玄関に出てみると、雨が降っていた。抱きかかえていた息子さんを、一度床に下ろし、ぬれないようにとジャンパーを着させた。熱はまだ三九度。再び抱くと、ぐったりとしていて体重以上に重く感じられた。

 駐車場の車まで走ろうとしたその時。すぐ後ろで声が聞こえた。振り向くと、五十歳ぐらいのスーツ姿の男性が「お使いください」と言って透明のビニール傘を差し出した。「でも、お返しできませんし…」とお断りしたが、男性は滴る雨粒を切って押し付けるようにして手渡してくれた。

 おかげで、親子ともどもぬれずに済んだ。でも後になって、入れ違いに病院の中に入っていった男性のことを考えて心配になった。「あの人は帰りはどうするのだろう」と。病院内の売店でもう一本買ったのだろうか。それとも、駐車場までぬれて走ったのだろうか。いずれにしても、自分のことよりも目の前の困っている人のことを優先するなんて、なかなかできないことだ。

 影山さんは息子さんに「いつか、雨で困っている人がいたら、傘を貸してあげようね。それがあのおじさんへの恩返しだね」と話をしたという。“たかが”ビニール傘の話なのだが…。