お米を炊くたびに (2007/9/2)

 名古屋市中区の川島朝子さん(67)が、新聞のちらし広告を見てスーパーに買い物に出掛けたときの話。お米があまりにも安かったので、ついつい二十キログラムも買ってしまった。五キログラムの袋を二つずつ前と後ろのかごに乗せ、そのほかに食品の大きなレジ袋もある。とにかくスーパーから三キロ余り離れた自宅までよたよたと自転車を押して歩きだした。

 ところが、途中で歩道と車道の段差で自転車が倒れてしまった。重くて起こすことができず途方に暮れてしまった。車が真横を次々と走り去り、怖くておろおろ。その時である。一台の車が目の前に止まって、スーツを着た四十代の男性が降りて来た。そして自転車を「うわぁ、重いですねぇ。僕でも大変ですよ」と言いながら歩道側に移動してくれた。

 お礼を言うと、男性は車に戻って行った。再び自転車に手をかけると、後ろから「待ってくださーい」と声をかけられた。さっきの車から別の若い男性が降りて来たのだ。「僕がご自宅までお送りしましょう」。川島さんが遠慮して返事に困っていると男性は言った。「さっきの人はうちの社長です。社長の言いつけなんですよ」と言うなり、さっさっと自転車を押し始めた。

 歩きながら二人の名前を尋ねたが、答えてはくれなかった。ただ、市内にあるショッピングモールの社長と社員さんであることが分かった。仕事も忙しいであろうに、見ず知らずの自分のために車を止めていただいた上に…。そのお米を炊くたびに二人の顔が思い出され、いつもよりおいしく感じられた。それ以後、その施設のファンになったという。