お婆ちゃんのキュウリ (2009/4/12)
二年ほど前の話。会社員の三輪君子さん(39)は休日に名古屋まで出掛けるため、豊橋駅で電車を待っていた。ホームには大勢の人がいたので「どうか座れますように」と祈っていた。幸いドア近くの席に座ることができ「これで本を読んだり、ちょっと眠ったりできるなあ」とほっとした。
ところが一つ目の駅で、七十代後半とおぼしき小柄なおばあさんが乗って来た。正直なところ、一瞬迷ったという。席を譲ろうかどうしようかと。でも思い切って声を掛けた。「あの、良かったら座ってください」。そう口にはしたものの、恥ずかしながら「席を手放すのか、残念」などと思っていた。
おばあちゃんは申し訳なさそうに座ってくれた。もう十分ほどで名古屋に到着するというころ、おばあちゃんは何やらかばんの中をごそごそと探り始めた。そして、ビニール袋に入った二本のキュウリを差し出し「これ、けさ採れたてのものだけど、持ってって。立たせてごめんね」。自分の畑で育てたキュウリだろう。よほどうれしかったのか、満面の笑みで三輪さんの手に持たせてくれた。その気持ちを遠慮なくいただくことにした。
「電話が次々とかかって来て、仕事がはかどらずイライラすることがあります。ついつい心にやさしさを忘れそうになる時、あのおばあちゃんの笑顔を思い出すようにしています。おばあちゃん、ありがとう!」と三輪さん。その晩の食卓にはサラダが並んだ。「キュウリってこんなにおいしかったっけ」という三輪さんを、事情を知らない母親は不思議そうに見ていたという。