第7回言の葉大賞入選作から(その9)
「今、ここに教育の現場が在る」
一般社団法人「言の葉協会」では、全国の小・中学校。高等学校から毎年のテーマに合わせた大切な人への思いや強く感じた気持ちを自分の言葉で綴る作品を募集し、その優秀作品を「言の葉大賞」として顕彰しています。
第7回言の葉大賞の入選作品から、志賀内が特に心に響いた作品を紹介させていただきます。
「迷惑かけてごめんね」成清 久仁代
平成27年11月母が亡くなった。腎盂腎炎から始まったガン、最後には肺に転移し、闘病生活一年半で逝った。
転移した肺がんの増殖の力はすさまじく、あっと言う間に両肺の九十%が冒された。酸素吸入をしていたが、MAX吸入でも母の肺は、母の肺は四十%の酸素しか吸入できなくなっていった。先生ら病院の方たちは、「実にがんばっておられる。不思議な力だ。医学では考えにくい」とおっしゃり、母の力に免じてか、酸素吸入器の調節弁を開放して下さった。
母は時折りしゃべろうとするが、咳がひどく何を言っているのか聞き取ることが出来ない。しゃべる為の肺の力がもうないのだった。手も足も首も自分では動かせず、目も動かなくなってしまったある夜、大きな目が私を追っているように感じた。そんなはずはないと思ってみてもやはり追っている。母に近づいた。そしてやっと聞きとった息づかいの言葉は、「迷惑かけてごめんね」だった。「何言ってるの! 私は大丈夫よ」
私は力を込めて言った。
昔気質で気が荒く自己中心的な人を残して先に逝くことを案じたのだと思った。直感だった。「お母さん、安心していいよ。どんな時もお母さんは側にいてくれるでしょ」母は目を閉じ、そのまま動くことなく数時間後息を引き取った。あっさりと力尽き、生き抜いた。
母が残した言葉、「迷惑かけてごめんね」これが生きて生きぬいた母の言葉だった。
看病の事でごめんねなのかも、お金の事でごめんねなのかも知れないが、父を残していくことに対するごめんねだったと思っている。このひと言を言いたいために生きぬいたのだと思っている。
逝ってしまった母の言葉を生きぬくことばとするのはおかしいかも知れない。しかし、母の最期の言葉は、私に私らしい生きぬく力と生きぬいて死ぬ力を与えてくれた。
「迷惑かけてごめんね」決して忘れない。
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