第6回言の葉大賞入選作から(その5)
「言葉の力」を感じるときⅡ
京都に柿本商事株式会社という会社があります。紙専門の商社です。寺町通りで「紙司柿本」という小売店も経営しています。偶然ですが、この店の大ファンで「かばんが重いよ~」と後悔するほど、ハガキや便箋を買い込んだことがあります。
さて、柿本商事さんではCSRの一環として、言の葉大賞というコンテストを開催しておられます。「心温まる言葉、心にぐっと響く言葉、そのような伝えたい思いを、紙にしたためご応募ください」と全国に呼び掛けられました。
第六回言の葉大賞の入選作品から、志賀内が特に心に響いた作品を紹介させていただきます。
入選 文章(手紙・作文)部門
「80点の仕事」京都市西京区 秋 優馬
「社会人ていうのはな。百点満点の仕事をしたらあかんねん。そこが学生と違うとこや。百点とるような仕事をしたら、自分もしんどいし、仕事の相手も窮屈でたまらんようになる。というて、ええかげんなことしとったら誰からも信用されへん。80点でええねん。80点ぐらいがちょうどええねん」
もう30年以上むかしのこと。新米教師だった私に、先輩のO先生が教えてくれた仕事の極意だ。私はこのO先生に、教師の仕事のいろはも、この世界の世渡りの仕方も、子どもとのつきあい方も教わった。一日の仕事が終わると、O先生と私は毎日のようにパチンコに出かけ、毎日のように酒を飲み歩いた。夜遊びの仕方も私はO先生に教わったのだ。
「パチンコは教師の仕事そのものや。『パチンコの必勝法はねばりとがんばり』てアナウンスしよるやろ。まさに子育ての極意や」
「学校になくてはならない存在」と評されつつ、O先生の遊び方は豪快だった。給料の半分はギャンブルと酒につぎこんだ。それでもO先生を咎める者はいない。80点の仕事ぶりが、まわりの者を笑顔に変えてしまうのだ。
「ええかげんな部分を20点分残しておくんや。その20点分を子どもが埋めてくれよる。それが子どもの成長いうもんや。それでも、うまいこといかん時は、保護者とか同僚がカバーしてくれる。これが信頼関係というもんや。一人で百点とってええ気になっとったらあかん。80点の仕事をするんや」
あれから30余年。百点の授業をしようと子どもを追いこんでは失敗を重ねた。一人相撲の仕事をするたび仲間を失った。保護者の心をつかめず散々に叱られてきた。そして、この年になってようやく、80点の仕事が、自分と相手とのちょうどよい距離感を作り出すのだと気がついた。
今、私も胸をはって、若い教師達に、この仕事の極意を語りかけている。
「80点でええねん。ちょうどええねん」
他の「言の葉大賞」の受賞作品や、次回「言の葉大賞」の応募要項は、こちらをご覧ください。
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