第5回言の葉大賞入選作から(その3)

「言葉の力」を感じるとき

 京都に柿本商事株式会社という会社があります。紙専門の商社です。寺町通りで「紙司柿本」という小売店も経営しています。偶然ですが、この店の大ファンで「かばんが重いよ~」と後悔するほど、ハガキや便箋を買い込んだことがあります。

 さて、柿本商事さんではCSRの一環として、言の葉大賞というコンテストを開催しておられます。「心温まる言葉、心にぐっと響く言葉、そのような伝えたい思いを、紙にしたためご応募ください」と全国に呼び掛けられました。

 そこで、第5回言の葉大賞(第4回までの「恋文大賞」から呼称変更)の入選作品から、紹介させていただきます。

入選 文章(手紙・作文)部門

「母の想い」青森県上北郡 天間 由香季

 私は小学生の頃、酷いいじめにあっていました。学校へ行く毎日が辛く、登校しては泣いて帰宅する日々を送っていました。それでも両親は学校へ行く事を強制しました。子供心に理解してくれない親を不信感と憎しみの眼差しで見ていました。そんな自分は生きる事に何の意味も見出せず、常に死ぬ事ばかり考えていました。

 ある日、母と母の友人と3人で津軽地方へ出掛ける事になり、道中、私は後部座席で車の外を、流れる景色をただただ見つめていました。

 いつの間にか眠りに落ちていました。会話が聞こえたので、そのまま母の声に聞き耳を立てていると

「うちの、いじめにあってて…毎日、泣いて帰って来る。どうしたらいいか、わからなくて。それでも毎日、叱って学校に送り出す。仕事しないと生活できない。自分の子供も助けられないって思う。この前夜にこの子が寝てる時、包丁持って枕元に立った。そんなに苦しいのなら刺して自分も、この子と一緒に死のうって。でも寝ってる顔みたら出来なくて…」

 涙交りの声に初めて母も苦しみ悩んでいる事を知り、私は涙が溢れて止まりませんでした。一いっとき時、寝たふりをして、その場を凌ぎました。

 この日の事を一度も母に尋ねた事はありません。

 母さん、不運を苦に自死を選ぼうとしないで下さい。私はあの日、母さんの情の深さを知り、生きると決めました。まだ気苦労ばかり掛けてるけど「私、幸せになったよ」と伝えられる日まで、もう少し生きて待っていて下さい。笑える日まで生きて下さい。

 母になり子を想う気持ち、子もまた母を想う気持ちは同じです。お願いです。笑える日まで生きて下さい、母さん。

入選 文章(手紙・作文)部門

「心にヒカリ」神奈川県厚木市 樋口 耕太郎

 中2の冬、私は大ケガをした。

 友達と公園でたき火をしていた時、何を考えたか一人の友達が少し離れていた僕の方に火のついた木の枝を投げた。友達としては、ほんの出来心で僕がビックリするサマを見たかったのかもしれない。しかし、運悪くその火のついた棒は私の目に刺さり、次の瞬間から、私の右目は微かに見える街灯の光以外見えなくなった。

 その日は友達に送られて家に帰り、あまりに怖くなったので親にも言わず寝た。

 次の日、目が覚めたのは、母が仕事に行く直前。ケータイ等も無かった当時、母が仕事に行ってしまったら、車で外回りをしていた母にそれを伝える方法は無かった。間一髪、恐かったがすぐに伝えて、病院に行った。

 医師が言うには、〝あと1時間遅かったら、失明していた〟らしい。その日は、とりあえずできるだけの処置をしてもらい、薬ももらい家に帰った。病院に車で連れていってくれた母はいつも通り心配してくれて、いつも通り安心するような言葉をかけてくれた。

 家に帰ってから、一応医師には、〝間一髪間に合った〟的な事を言ってもらったが、昨日の昼までちゃんと見えていた目が、ぼんやりと雰囲気でしか見えない事に恐怖と焦りを覚えていた。そんな最中、父が仕事から帰宅した。

 ケガをしてからそれまで会ってなかった父は明るい口調で
「どうした、ナニケガなんかしてんだ~」

と小バカにするように言った。続けて父はケガで眼帯をしている僕を見て、

「伊達政宗みたいでカッコいいじゃねぇか~」とまた明るい口調で言った。

 僕はその日一日中、失明するのではないかと考えて不安だった。
しかし、あまりに明るい口調で伊達政宗の話をするので、もし、右目が見えなくなったとしても、そんな凄い人がいるのかと安心し、いつも通りの明るい空気が家に流れている事に安心した。

 後から、母に聞いた話によると、父は僕が大ケガをした事を知り、ケガをさせた友達の家に怒鳴りこもうとしていたらしい。

 その後、順調に僕の右目は回復し、光を取り戻していった。でも最初に、心にヒカリを灯してくれたのは、努めて明るくしてくれた父の言葉だと思う。

他の「言の葉大賞」の受賞作品や、次回「言の葉大賞」の応募要項は、こちらをご覧ください。
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