第5回「にっこり」と「にこにこ」

熱血先生 今日も走る!!!
「子は宝です」
中野敏治
第5回 「にこにこ」と「にっこり」

子どもたちは大人が想像もしない言動を、なんのためらいもなく、あたりまえにように行います。思いもかけない子どもたちの温かい言動や感性に大人は心が震えるほど感動をします。その瞬間、子どもたちは、まぶしいほど輝いています。

小学校で二年生の国語の授業研究がありました。授業を行う先生は、何日も前から、クラスの児童の様子を見ながら、どのように授業をすすめていったらよいか、いろいろと考え、授業案を作成していきます。授業案には、授業のねらいが明確に書かれてあり、そのねらいにむけて授業の進行予定が書かれてあります。この授業案にしたがって、授業が進められていきます。
授業開始のチャイムが鳴り、女の子が大きな声で「気をつけ、礼」と号令をかけました。その号令にあわすように、クラスの子ども達みんなが教室に響きわたるような大きな声で「おねがいします」とあいさつをしました。授業研究なので多くの先生方が教室にいましたが、子ども達は緊張することなく、元気いっぱいです。
授業が始まり、前日の時間の内容を復習した後に、先生は教科書をひろげ、ゆっくりと読み始めました。先生が教科書を読んでいるときです。突然、女の子が「先生!」と大きな声を出し、手を挙げたのです。クラスメイトも先生も、そして授業を参観していた先生方もみんな驚きました。先生はゆっくりとした口調で「Aちゃん、どうしたの。まだ先生は読み終えていないよ」とAさんにやさしく声をかけました。
「だって…」とAさんは話し始めました。恥ずかしそうに「先生、だって、私、わからないんだもの」と話を続けました。そして開いていた教科書を指差しながら「先生、ここに書いてある『にこにこ』と『にっこり』ってどこがちがうの?私、わからないの」と。
教室の後ろにいた先生方も突然の質問に驚きました。私もあわてて、辞書で調べてみましたが、そこには、「にこにこ」も「にっこり」も「声をださず、うれしそうに笑うようす。」と書かれてありました。教室の後ろにあったもう一冊の辞書では「にこにこ…楽しそうにほほえみを浮かべるさま。にっこり…にこにこ」と書かれてありました。「にこにこ」も「にっこり」も同じなのです。
私が教室の後ろで辞書を調べていると、一人の女の子が手を挙げ、「先生、にこにこは、いっぱい、にこにこするんだよ。にっこりは、にこっ、と短くするんだよ。」というのです。
それを聞いて、今度は男の子が教室の前に出て、「こうだよ。みんな見て。にこにこはね、こうだよ。にっこりはね、こうなんだよ」といいながら、自分の顔で「にこにこ」と「にっこり」の違いをみんなに伝えるのです。
その男の子が席にもどりかけたときです。「あっ!」と小さな声を出した女の子がいました。「先生、わかった!わたし、わかったよ。にこにことにっこりの違いがわかったの。」と突然大きな声になり話し始めました。「先生、プレゼントをあげるときに、にっこりするよ。プレゼントをもらうとき、にこにこするよ。そうだよね。」と、みんなに話しかけました。
その話を聞いたクラスの子どもたちは「そうだよね。プレゼントをもらうとき、うれしくて、にこにこするよ。あげるときは、なんかわくわくして、にっこりしながらあげるよね。」と納得しているのです。
この女の子の答えに驚きました。プレゼントをあげるときと、もらうときの違いが、「にっこり」と「にこにこ」の違いなのだという例に、私も納得をしました。この回答はどんな辞書よりも、多くの人を納得させるものでした。
先生が準備していた授業案からは、大きく脱線してしまった授業でしたが、子ども達の発言に、先生の顔は充実していました。そして、子ども達の表情もみんな満足した顔になっていました。
大人が知識として知っていることを子どもたちに単に伝えていくだけでは、子どもたちはどれだけ理解し、納得するのだろうかと気になるところです。
子どもたちは日常の生活の中で、体験して身につけていくことがたくさんあります。文字や言葉だけでは納得できないものです。
この授業の中で、教師が「さぁ、みんなで『にこにこ』と『にっこり』の違いを辞書で調べてみましょう。」と子ども達に指示し、子ども達は指示されたように辞書だけで言葉を調べていたら、子ども達はどのような反応をしたでしょうか。「なんだ、同じ意味なんだね。」で終わってしまったかもしれません。教師が温かく子どもを見ることによって、子ども達は自分の持っている感性を十分に発揮していくものなのです。
(子は宝です)