第3回 子は宝(わがまま言っていいんだよ)

熱血先生 今日も走る!!!
「子は宝です」
中野敏治
第3回 『わがまま言っていいんだよ』

○親子でトラブル
中学校3年生の2学期は具体的に進路先を絞り込む時期です。
そんな2学期のある晩、男子生徒の保護者から私の自宅に「進路のことで相談をしたいのですが、明日、学校へ伺ってもよろしいですか?」と電話が入りました。
翌朝、彼は元気がありませんでした。彼に、「昨晩、親と進路の話をしたの?」と声をかけましたが、彼はひと言「もういいんだ。決まったから」と言うのです。「放課後、お母さんが来るから一緒に話そう」と声をかけたのですが、彼はうつむいたままでした。
放課後、彼と母親と私の三人で話をしました。「この子は父親と進路先の相談ができないのです」と母親が話し始めたとき、彼が「もう決めたって言ったじゃん!」と大きな声で言うのです。「でも、本当にそれでいいの?」と母親は息子に言葉をかけました。

○自傷行為
以前、彼の腕にひっかいた跡が残っていました。そのとき、気になり彼にたずねたことがあります。彼は「自分でやっちゃった」と明るく答えました。その後、今度は彼の頬が赤くなっているのに気づきました。彼に聞くと前回と同じように「自分でやっちゃった」というのです。不思議に思い、問い詰めると、彼は自分の心が整理できなくなると、部屋に閉じこもって自傷行為をしていたのでした。
母親と彼と話をしながら、そのことを思い出し、そっと彼の腕を見ました。まだ新しい傷がそこにはありました。
進路先について父親はどうしても公立高校へ行ってほしい、いや公立高校でないと受験させないと言っているというのです。でも彼の中には、どうしても行きたい私立高校があるのです。それが口に出せなかったのです。それで昨晩も言い出せず自分の部屋に閉じこもったというのです。

○わがまま言っていいんだよ
「先生の前だから、ちゃんと自分の気持ちを言ってごらん」と母親は彼に話しかけるのです。
やっと彼は自分の言葉で、自分の進路について話し出しました。「俺、A高校のB科に行きたい。ずっと前からそう思っていた。」と小さな声だがしっかりとした口調で話しました。
彼にどうしてそこに行きたいのかと尋ねると、彼は「そこを出ると福祉関係の仕事についている人が多いんだ。高校を出たら福祉の仕事をしたい」とつぶやきました。とてもよくその高校を調べていました。実際にその高校へ行き、取得できる資格を調べ、自分の将来の職業までも考えていたのです。
「なぜ、お父さんにそのことを言わないの?」という私の言葉に「だって親父は頑固だから、いったんダメといったら絶対ダメなんだ。俺が小さい頃からずっとそうだった。それに、お金が公立高校より少し余計にかかるし…」と。彼はもう涙声でした。
「A高校を受験しなさい。お母さんからもお父さんに話すよ。お金のことは気にしないでいいよ。お母さんも働くから、だからあんたもがんばって」と、母親は泣きながら身体を小刻みに震わせ、我が子の肩を強く抱きしめたのです。
「今まで家族のことを考え、幼い弟のことを考え、自分のことを一番後回しにして考えてきたんだろう。いいんだよ。わがまま言って。もういいんだよ。思いっきりわがまま言って」と彼に声をかけるのが私には精一杯でした。母親は彼の手を握り「一緒にがんばるから」と彼に声をかけました。彼はポタポタと涙を落としながら大きくうなずきました。

彼の進路決定は受験高校を決めるだけではなかったのです。父親からの巣立ちでもあったのです。
(子は宝です)