第2回 子は宝(親の思いを伝えたい)
熱血先生 今日も走る!!!
「子は宝です」
第2回
親の思いを伝えたい
中野敏治
学校には、さまざまなところから電話が入ります。ある日の放課後のことです。地域の方から学校に電話が入りました。やや、早口で興奮気味に話し出しました。「今、車で学校の近くを通りかかったら、おたくの学校の生徒らしき子どもが、タバコを吸っていましたよ」という内容でした。
何人かの教職員で、すぐにその場に行きました。そこには本校の男子生徒二人がいました。タバコを吸ってはいませんでしたが、一人は以前、喫煙で指導した生徒でした。彼らの慌てぶりから、「もしかして…」と思いました。
「ここで何をしていたんだ?」と尋ねても、彼らは黙ったままです。ストレートに「タバコを吸っていたのか?」と問いかけました。彼らは「タバコ」という言葉を聞いた瞬間、急に興奮し「どこに証拠があるんだ!」と、はき捨てるように言うのです。あまりにも興奮をしてきたので、その場から二人を別の場所で連れ出だそうと思い、校舎のほうに連れて行きました。
校舎内の空いている部屋に彼らを連れて行き、そこに二人を座らせました。問い詰めもせず沈黙の時間だけが流れました。しばらくすると二人は少し落ち着き、ぽつりぽつりと話し始めました。
一人の生徒が小さな声で「タバコを吸った…」とつぶやくように話しました。その後、彼らと今後の生活について、いろいろと話をしました。素直に話してくれただけでうれしかったのですが、保護者にも伝えておかなければと思い「今夜、家庭訪問するから、先生が行く前に自分から親に話しておくんだぞ」と、伝えました。
父親が帰ってくるころ、彼の家を訪ねました。家の中は真っ暗です。玄関から何度声をかけても誰も出てきませんでした。玄関でしばらく待って、もう一度大きな声で彼の名を呼びました。部屋の奥から彼の妹が出てきました。「お父さんはまだ仕事?お兄ちゃんは?」と尋ねると「お父さんはお兄ちゃんと一緒に床屋に行った」と言うのです。すでに床屋は閉まっている時間なのに、どうしてこんな時間に、と不思議に思いながら、彼が行ったという床屋の場所を聞き、その床屋に向かいました。
カーテンが閉まっている床屋の奥から、明かりが漏れていました。そっとドアを開けると、そこには、彼が椅子に座り、床屋の方に髪を切られる瞬間でした。彼の横には、父親がじっと彼を見て、立っていました。
私はその光景に驚き、挨拶もせず、いきなり「どうしたのですか?」と声をかけました。振り向いた父親の目は涙でいっぱいでした。「こいつにけじめをつけさせるんです」と、静かな言葉の中に、強い思いを感じました。「二度目です。あれだけ約束したにもかかわらず。先生、二度目ですよ。これは、俺と息子との約束です」と父親は話を続けました。
「さぁ、おやじさん、切ってくれ」と父親は強い口調で床屋の方に声をかけました。彼は、何も話さず、あふれる涙を拭きもせず、鏡に映っている自分の顔をじっと見ているだけでした。床屋の方が彼に声をかけました。「いいの?切るよ?」と。「うん」とうなずく彼の頬から涙が落ちました。
電気バリカンの音が、床屋いっぱいに響きました。彼の髪はどんどん短くなっていきました。「いいな。これで生まれかわるんだぞ」と息子に声をかける父親の言葉に彼はゆっくり、大きく「うん」とうなずきました。
彼の頬には、流れた涙の跡だけが残っていました。そして父親の顔にも彼以上に涙の跡が残っていました。
子を知ることができているのは親であり、親の思いをしっかりと受け止められることができるのは子だけなのです。(子は宝です)