第1回 子は宝(生徒は苦労をして育っていく)
熱血先生 今日も走る!!!
「子は宝です」
中野敏治
第1回
生徒は苦労をして育っていく
夏は、三年生にとって中学校生活最後の部活動の大会が終わり、引退をするときです。その後の練習は二年生が中心となります。三年生が引退をした後は、慣れないキャプテンが部員に指示を出します。
新人戦が近くなったころ、私が顧問をしていた卓球部のキャプテンの様子がおかしいことに気が付きました。練習にも集中できず、何かにあせっている感じがしました。
練習後、キャプテンに声をかけ、あえて広い部屋の会議室に呼びました。狭い部屋では、心を開く場としてはふさわしくないと思ったのです。
椅子に座った彼女は、私に叱られるとでも思ったのでしょうか、うつむいたままでした。彼女はキャプテンとして、技術がなかなか身につかず、部員との練習試合でも勝てなくなってきていました。さらに部がまとまっていないようにも感じていたようでした。そんな彼女の思いは、言葉にしなくても分かっていました。
私が声をかけないでいると、彼女は気になったのか顔をゆっくり上げました。何も言わずに、一言だけ「いいんだよ。あせらないで」と声をかけました。
たったその一言で、彼女は泣き出したのです。すべてが通じたと感じました。私の言葉に、彼女は、肩を震わせ、床に落ちるほどの涙を流し始めたのです。
大会が近くなり、責任感のある彼女はキャプテンとして、「勝たなければいけない」、「部員をまとめなければ」というあせりが、彼女の行動までおかしくさせていたのです。練習試合で勝てなくなっていたのも、このあせりが原因だと思いました。
「自分らしくあればいいんだよ。みんなはキャプテンのことを信頼しているから」と話せば話すほど、彼女の目からは涙があふれてきました。それほどにまで、じっと一人で我慢していたのです。今までずっと我慢してきたことが、いっきに開放されたようでした。
翌日から、彼女は以前の彼女に戻っていました。練習でも声を出し、部員を一生懸命にひっぱり、部のムードを明るくしようという姿勢が誰から見ても分かりました。
数日後の大会は、団体戦でした。学校創立以来、卓球部が団体戦で優勝したことがないと聞いていました。顧問の私は卓球のルールも知らない素人です。そのため、技術的な指導ができないため、練習試合や合同練習を他校や高校にお願いをし、何度もさせていただきました。部員たちは、そんな素人顧問の私でも信頼してくれていました。そして互いに仲間を信頼していました。
団体戦が始まりました。番狂わせといわれながら、彼女たちは勝ち進んでいきました。気がつくと決勝戦です。ここまでくれば勝っても負けてもいいと思っていました。でも、彼女たちは違いました。「絶対に勝つからね」と円陣を組んで話しているのです。二勝二敗。とうとう、最後の対戦です。これで勝敗が決まります。最後の選手はキャプテンです。
部員全員の大きな声援。その中で堂々と戦いました。キャプテンだけでなく部員全員が必死になっている姿に、心が震えました。
部員たちは、キャプテンが打つボール一球一球に大きな声を出し、応援をしていました。とうとうマッチポイントを取りました。あと一ポイントです。ラリーが続きました。緊張のあまり応援をしている部員の声がなくなりました。しーんとした中で、相手が打ったボールがネットにかかり、ゲームセット。そのときの部員の歓声は、もう泣き声のようでした。次の瞬間、部員全員がキャプテンに駆け寄り、大きな声で喜びあっていました。私は流れる涙を生徒に見られないように、遠くからその光景を見ていました。
本部席では表彰式の準備が行われていました。遠くにいた選手たちが私のところに駆け寄ってきて、「先生、表彰状って試合に出たメンバーしかもらえないのですか」と、まだ涙が乾いていない真っ赤な目で、真剣に聞いてきたのです。優勝し、表彰を受けることができるというときに、どうしたのだと聞くと、「選手として試合に出られたのは私たち。でも、いつもみんな一緒に練習してきたし、声がかれるくらい大きな応援をしてくれたし、今日も試合に出る私たち選手のために、自分はボールを打たないで玉拾いをしてくれていたんです」と。問い詰めるように話す選手たちの目からは、涙がこぼれ落ちるようでした。
表彰式が始まりました。学校名が呼ばれ、賞状をもらいに出たのは、今日試合に出ていない、列の後ろのほうに並んでいた二人の部員でした。優勝カップと表彰状を二人が学校代表として受け取ったのです。
試合のときとは反対に、二人の部員に、試合に出た選手は会場に響くほどの大きな拍手をし続けたのです。(子は宝です)