第11回言の葉大賞入選作から(その1)

~募集テーマ「壁」

 一般社団法人「言の葉協会」では、全国の小・中学校、高等学校から毎年のテーマに合わせた大切な人への思いや強く感じた気持ちを自分の言葉で綴る作品を募集し、その優秀作品を「言の葉大賞」として顕彰しています。
 第11回言の葉大賞のテーマは「壁」です。その入賞作品から紹介させていただきます。

最優秀賞

「隣人」皇学館大学 4年 名倉 芳美

 「あ、帰ってきた。」
隣人の足音だ。

 三年前、初めての一人暮らし生活が幕を開けた。綺麗な部屋、綺麗な台所、綺麗な浴室、嫌なところが一つもなく、私は新生活に心を躍らせていた。しかし、生活をするうちに気になることができたのだ。それは、壁の薄さだ。私の住むアパートは壁が薄い。階段を上る音、鍵を開ける音、カーテンの開閉の音。様々な生活音が聞こえる。お互いのプライバシーが心配になるほどだ。隣人の生活音が聞こえるということは、同じように私の生活音も聞こえているのではないか。神経質な私は、できる限り音が出ないように生活をした。しばらくその生活を続けたが、精神的に疲れてしまった。

 数ヶ月経つと、隣人とは仲良くなり、話すことも増えた。そのうちに、薄い壁のことが話題に上がった。彼は、私の生活音をさほど気にしていないようだった。少し安心した。コミュニケーションをとるようになり、
「今日は友達が来るから、うるさくなるかもしれない。」
そんな声をかけ合うようになった。咳が聞こえれば心配をするようにもなった。声をかけ合うようになり、お互いの気遣いがみえる関係に居心地の良さすら感じていた。もう、生活音が聞こえることも当たり前になった。さほど気にならない。

 隣の部屋に誰かがいること、生活音が聞こえることで、安心している自分がいる。一人暮らしではあるが、独りではない気がするのだ。隣人や大家さんとの心の距離も近い気がする。温かみを感じる。隣の部屋に誰が住んでいるか知らない、知っていても話すほどではない。最近では、そのような人も多くいると思う。もし、このアパートの壁が厚かったら。今のように、同じアパートだから理解できる話、共有したい話を話せていただろうか。今では、この壁に感謝している。

優秀賞

「進みながら強くなれ―手術の「壁」を超えて―」青山学院中等部 2年 座間 耀永

 ピッピッピッ。冷たい電子音。真っ白く高い天井。管という管でつながれている。激痛。看護婦と医師が走り回る。動けず声も出ず、私は心で絶叫していた。「死にたい。手術なんてしなきゃよかった!」

 数年前、私は骨が湾曲する病気を宣言された。発見後、急速に悪化し、手術が決まった。しかし、主治医の説明に全く納得ができず反発。主治医も患者との合意が得られない場合は執刀不可、と延期になった。私にとって手術は大きな「壁」だった。なぜなら首から腰までざっくり切られ、金属という金属で背中を固定される過程で一度筋肉を剥がしてから貼り直しをするのだ。背中にはくっきりと傷跡が残る。だが、一刻の猶予も無いと、主治医が交替する形で手術を急ぐことになった。納得はしていなかった。だがこの「壁」を超えないと命の危険が迫っていると諭された。先生が私の肩に手をおいて「大丈夫だよ」と言った。その一言に私は大泣きをした。

 だが術後は、地獄だった。何本もの管から数時間おきに四種類の麻酔が身体を巡っても激痛が収まらない。ICUを出てすぐリハビリ開始。寝返りだって激痛なのに、歩かなくてはいけなく死ぬほど辛い思いをした。死んだ方がマシだと泣き叫んで看護婦さんと両親を困らせる日々。シャワーを浴びるのも介助が必要だ。一人でトイレも行けない。惨めな姿だった。

 しかしその時、母に言われて、尊敬する先生が腎臓癌の手術をしたことを思い出した。リハビリが激痛だった時、正岡子規が、「平気。平気」と唱え自身の病気と闘ったことに励まされたと仰っていた。私も負けてはいられない。平気平気、と自分に言い聞かせた。しかし、歩行器で歩く廊下は長い。辛い毎日。だが徐々に距離が増えて気持ちが上を向いてきた。退院を早めても良いと聞いた時、「壁」は遠く後ろにあった。人生に数多くの壁は立つ。が、必ず超えてみせる。もう立ち止まるな、私。進みながら強くなれ、自分。

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