第9回言の葉大賞入選作から(その2)

 「『未来の自分』を描いたとき」
                      
 一般社団法人「言の葉協会」では、全国の小・中学校・高等学校から毎年のテーマに合わせた大切な人への思いや強く感じた気持ちを自分の言葉で綴る作品を募集し、その優秀作品を「言の葉大賞」として顕彰しています。
 第9回言の葉大賞の入選作品から、紹介させていただきます。

「親父の存在」済美高等学校 三年 西川 航生

 父は私を褒めない。褒めない代わりに、厳しい事や、無理難題を吹っかけてくる。なので私は父が嫌いだ。私は野球をやっている。野球に関しては本当に厳しい父なので、私は父と二人で練習をするのが嫌だった。そんな嫌がる私を父は近くのグランドまで引きずりながら連れ出した。

 小学校一年生から野球をしているので、中学校三年生までの九年間ほとんど毎日、父と練習した。その日々の中で自身の野球の技術が向上している事とともに、父の老いも感じた。父と私が二人で練習する時間帯は、朝日が昇り始める午前六時から七時までの約一時間と父が仕事から帰った午後十九時半から午後二十一時まで練習した。この練習を平日は毎日続けてきたので、四十代の父の肩は、次第に上がらなくなっていった。しかし当時の私は父の体の変化に気がつくことなく過ごしていた。ある日、私は父の職場へ母と弁当を届けに行った。そこで私は父の職場の方に、

「君のお父さんは最近、息子とのキャッチボールの影響で肩が上がらないと言っていたぞ。パソコンも打てないくらい痛むそうだ。」

 と言われ初めて父の体に限界が来ていることを感じた。しかし、父は私の前では絶対に弱っている姿を見せなかった。そして私は中学校を卒業し、高校では寮生活が始まるので、親元をはなれて生活するようになった。高校での練習はハードなものだが、父の練習があったからこそ乗り越えることができたと思う。高校野球生活も残り一カ月にせまった時、父から手紙をもらった。そこには

 「十二年間、君と野球をして来て今さら言うことは何もない。しかし君はよくがんばったと思う。最後の夏、全力でやりなさい。」ちそこで始めてがんばったとほめられた。

 私は父が嫌いだ。嫌いなので父の背中を越えられるような人間になりたい。しかし尊敬する人の背中はまだまだ遠い気がする。

「先、行かしたり」愛媛県 岡本 千春

 まだ若かりし二十代の頃、初めて大阪に行った。電車の横並びの座席の前に立つと、つり革に掴まり車窓から見える大都会大阪の景色を見ていた、と前に座っていた高齢男性が、
「兄ちゃん、そのバック、膝に置けんか?」

 スポーツバックを脇に置き、漫画を読んでいた高校生に声をかけていた。高校生は怪訝な顔でバックを膝に置いた。すると、

「詰めたり詰めたり、ほら見い座れるやないか」
 と言うなり禿げた初老の男性は私を指差し、
「ネェちゃん、座り」

 一つ分空いた座席のスペースを指差しながら言ったのである。初めての大阪で思いもよらぬ突然の出来事に軽い驚きを持って座った。

 月日は流れ、息子と娘を連れてUSJに行った。飛行機やバスを乗り継いでいるとき、当時二歳だった娘が急に「おしっこ」と言いだしたのである。急いでトイレに駆け込むと、列をなして並んでいた。
「あれ、こんなに並んで、我慢できる?」

 娘に聞くと首を横に振り足踏みをしている。

 どうしようと思っていると並んでいた中高年の女性達が、
「先、行かしたり」
「そうや、漏らしたらや、先、行きや」

 皆、口ぐちに言うと娘に順番を譲ってくれたのである。皆さんに頭を下げながら娘をトイレに連れて行き、事なきを得た。トイレから出て、その女性達にお礼を言うと、
「こういうときは遠慮せんと、先、行きや」

 笑顔で言った。妙齢の女性達の心根が嬉しくて、それからの旅行も楽しいものになった。
「ネェちゃん、座り」と「先、行かしたり」

 大阪を思うとき、この言葉が浮かぶ。

 何気ない言葉だけれど、この二つの言葉の中には人が人を思う気持ちが込められている。

 相手を思う心があれば高尚な言葉でなくていい。何気ない言葉の中にこそ相手を思う本当の気持ちがある。そうした「さりげないやさしさ」を持てる人間でいたい、切に思う。

他の「言の葉大賞」の受賞作品や、次回「言の葉大賞」の応募要項は、こちらをご覧ください。
http://www.kotonoha-taisho.jp/

入選作品集「「言葉の力」を感じるとき」Ⅰ・Ⅱや「言の葉CONCEPT BOOK」がお求めになれます。
  
【発行】一般社団法人言の葉協会
http://www.kotonoha.or.jp/pub/

作品を転載使用される場合は、こちらまで承諾の申請をお願いします。

https://www.kyoto-kakimoto.jp/kotonoha-k/contact/