第7回言の葉大賞入選作から(その6)

「今、ここに教育現場が在る」

 一般社団法人「言の葉協会」では、全国の小・中学校・高等学校から毎年のテーマに合わせた大切な人への思いや強く感じた気持ちを自分の言葉で綴る作品を募集し、その優秀作品を「言の葉大賞」として顕彰しています。
 第7回言の葉大賞の入選作品から、志賀内が特に心に響いた作品を紹介させていただきます。

「父の日記」私立麗澤瑞浪高等学校 橋本 容行

 父の闘病生活が始まったのは僕が小学二年生の時だった。癌だった。後になって聞いた話だが、癌が発覚したころはすでに末期だったそうだ。一年間続いた父と癌の戦いは父にとっても母や僕、弟や妹にとっても過酷なものになった。母は、日中に仕事をして夜は車で四十分かかる病院へ通う日々を繰り返した。僕は学校から帰ってくると幼い弟と妹の面倒を見た。お見舞いにもいった。だんだん弱っていく父を見るのは辛かった。祈ることしかできなかった。

 結局、僕が小学三年生の秋に父は死んでしまった。

 父がいない生活は辛いことが多かった。父を恨んだことさえあった。今になって考えると愚かなこともたくさんして、だんだん僕はぐれていった。家族や親戚にたくさん迷惑をかけていたようだ。

 そんなある日、僕は父の本棚に残っていた数冊の日記を見付けた。何気無く開いたノートには懐かしい、父の丸文字が並んでいた。少し涙が流れた。そして夢中で父の過ごした日々を追いかけた。癌が発覚してからのものもあった。検査をしたことや家族が見舞いに来たことが一行一行、丁寧に書かれていた。

 しかしあるページに差しかかって急に父の文字が乱れ、大きく書き殴るように書かれていた。そこには、「死にたくない。生きたい。このまま家族を残したまま死ねない。まだまだ生きたい」と書いてあった。

 猛烈に涙が出た。ただその涙は単に悲しかっただけではなく、自分の今の姿が情けなかったから出たのだった。堕落した今の自分が情けなかった。今この瞬間、自分が生きているのは父が生きたかった日々なのだと思った。

 高校生になった僕は最近、色々な人に父に似てきたと言われるようになった。精一杯に今を生きることが死んだ父への親孝行なのかなと思う。

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