「何のために、掃除をするのか・・・柔道七段。心は八段」

「何のために、掃除をするのか・・・柔道七段。心は八段」
志賀内泰弘

仕事柄、慢性的な腱鞘炎です。
痛みが強くなると、近くの接骨院へ駆け込みます。
柔道整復師で榎本接骨院院長の榎本好根先生は、柔道七段。私よりも少しだけ年下ですが、公式試合の審判員を務める傍ら、いまだにシニアの大会に現役で出場し、華々しい結果を上げておられる方です。
何よりも、やさしい心の持ち主で、お婆ちゃんの患者さんたちにモテモテ。いつも愚痴や苦労話を、「たいへんですねぇ」と聞いてあげています。そのお婆ちゃんたちに誘われて、しばしばカラオケにも出かける人気者。それだけではありません。夕ご飯のおかずを、毎日、患者さんが入れ替わり立ち代わり届けに来るのです(先生は独身、一人暮らしなので)。
私はいつも、そんなやさしく慕われる様子を見て、
「先生は、柔道七段、心は八段ですね」
とからかいます。

ある時、施術をしていただいている間に、お互いの少年時代の話で盛り上がりました。
「好きだった女の先生の話」
「いじめっこの話」
「いたずらの話」
などなど。
A先生が、急に思い出したかのように、こんな話を始めました。

「小学校の5年か6年生の時だったと思います。授業が終わると、みんなで掃除をしますよね」
「はい、たしか班ごとに当番制だったような」
「ええ、僕らもそうでした。でも、男の子は、ついついサボッてしまうんです」
「そうそう、僕らも。ホウキと雑巾で野球してよく怒られました。窓ガラスを割ったこともあるし」
「そうそう、あはは」
「あはは」
「クラス委員の女の子がいましてね。その子を中心にして、何人かで職員室へ行って、僕ら男の子が掃除をサボっていることを先生にチクったんです」
「いるいる、そういう奴」
「そうしたらね、担任の女の先生が飛んで来ましてね」
「ああ、たいへんだ」
「叱られると思って、ビクビクしていたら、ぜんぜん怒らないんですよ」
「え?」
「その女の先生はですね、教室に入ると、僕たちの方ではなく、女の子たちの方を向いて、こう言ったんです」
「・・・」
「いいですか、みなさん。掃除というのは、教室をキレイにするためにやるんじゃないんです」
「え?・・・どういうこと?」
「僕もそう思いました。すると、先生はこう続けたんです。掃除というのは、心を美しくするためにするものです。男の子たちがサボッているからと言って、報告に来る必要はありません」
「なんという・・・」
「僕は、恥ずかしくなりました。その日から、ちゃんと掃除をするようになったんです」
「素晴らしい先生ですね。あっ!わかった!!だから、この接骨院はいつもキレイなんですね」
「いやあ、それを言われるとお恥ずかしいです。まだまだ充分にキレイとは言えなくて。でも、ずっとその先生の言葉が心に残っていて、今まで掃除をきちんとするように心がけてきました」

私は思いました。
やっぱり、心の八段だと。
掃除で、心がキレイになって、人にやさしいに違いないのだと。