不便だと楽しい

ヒダカズのココロの授業

比田井和孝
「不便だと楽しい」

二〇〇四年五月。私に息子が生まれました。それまで、「この世の中で一番かわいい生き物は、誰が何と言っても犬の赤ちゃんだ!」と信じていた私の考えは、一瞬で覆されました。こんなにかわいい生き物が、この世に存在したとは…。「息子のために生きよう! 息子に尊敬されるような大人になろう!」と決心すると同時に、ふと考えました。これから、どれだけの時間、息子と一緒にいられるのだろう? …平日は毎日遅くまで仕事をしていて、土日も出張が多く、ゆっくり遊べる時間はほとんどありません。そんなことをしていると、この息子が一番かわいい時間があっという間に過ぎて、私の元を離れていってしまうかもしれません。中学生にもなれば、きっと友達と遊ぶようになるでしょうし、部活で忙しいことでしょう。だから、こう決めました。「息子が小学生の間は、毎年夏休みに一緒に旅をしよう」 と。めったに使わない有給休暇を取って、息子との二人旅、名付けて「男のロマンの旅」に行こうと考えたのです。

初めての時は、三泊四日でキャンプに行きました。息子と二人だけでこんなに長時間過ごすなんて初めてでした。二人でいろんな経験をし、絆を深め、私にとって宝物の時間となりました。
小学校五年生になった昨年は「青春一八きっぷ青森から鹿児島の旅」をしました。「青春一八きっぷ」は、乗車券のみですから、鈍行で青森から鹿児島まで、五日間かかりました。行く前は正直言って、退屈な旅になりそうだなと思っていました。だって、一日中、電車に乗っているんですからね。観光する時間なんて、まったくないんですよ。ところがですね、息子が「せっかく乗るんだから、全部の駅の看板の写真を撮ろう!」と言いだしまして…これがなかなか大変だったんですよ。鈍行ですからね、数分で次の駅に着いちゃうんですよ。それに、自分たちが座っている場所の正面にちょうど駅の看板が来るなんてことはほとんどなくて、電車が止まるたびに、看板が撮れる場所まで移動してカメラに収めないといけないんですよね。落ち着きのない親子だったと思います。それもですね、電車が空いていればいいのですが、通勤時間帯の時は身動きも取れず、撮り損ねてしまった駅もいくつかありました。それでも、約五〇〇駅の看板を写真に撮ることができました! お昼寝をする暇も、ゆっくりお弁当を食べる時間もなく、あっと言う間の五日間。最後の鹿児島中央駅に着いた時は、二人で固く握手を交わしましたよ。達成感がありましたね。

さて、今年、息子は6年生。最後の「男のロマンの旅」ですので、ちょっと贅沢しちゃおうかな…と息子に相談しました。「今年は九州の豪華列車の旅はどう?」…九州には、豪華列車がいくつも走っているんです。それを乗り継いで九州旅行をしたら楽しいだろうなぁ…と考えたんですね。息子は電車が大好きですし。
すると息子は「いいねぇ~…」と言いながらも何か考えているようでした。そこでもう一度「どう?」と聞くと、息子がこんなことを言ったのです。
「九州の電車の旅ってさぁ…なんだか、ただただ贅沢して、無駄遣いして、それで終わりになっちゃわない? お父さんが行きたい気持ちはわかるし、僕も行きたいけど、なんか、学びがないような気がするんだよね。…去年は、青春一八きっぷの旅だったけど、あれはたくさんの学びがあったよね。だってさ、時間がかかって、不便だと楽しいでしょ。 去年、楽しかったよね…」

私は感心しました。まさか、息子の口からそんな言葉が出てくるなんて思わなかったんです。確かに今までの「男のロマンの旅」は、不便な旅ばかりでした。
キャンプをした時は、テントに寝て、飯ごうでご飯を炊いて、野菜炒めやインスタントラーメン…。しかも、ガスバーナーが一つしかないので、段取りも大変です。火加減、水加減もなかなかうまくいかなくて、時間もかかるし、正直言って、いまいちの出来栄えでした。ところがですね、これがおいしいんですよ! 手間かけて苦労して、失敗しながら、それでやっとご飯が食べられるって幸せだなぁ…と心から思いました。

その時に気がついたんです。「人は、便利になればなるほど不満を言い、不便になればなるほど、幸せを感じることができる」ということに。別の言い方をすれば「人は、物があればあるほど不満を感じ、物がなければないほど、感謝の心を感じて幸せになれる」って。
「不便だと楽しい」…まさに名言です。また息子から教えられました。
さて、今年の男のロマンの旅はどこに行くことになるでしょうか…。どんな学びがあるでしょうか。経験しなければわからないことはたくさんあります。最後の男のロマンの旅、たくさんチャレンジして楽しんできます!