厳しいけど温かい上司

私が一番受けたい「ココロの授業」

比田井美恵

厳しいけど温かい上司

私は大学を卒業してすぐにソフト会社に入社したのですが、私の上司の係長は、それはそれは厳しい人でした。その週の計画表ひとつでも「何を根拠に、この時間でこれだけの仕事をこなせると考えているのか?」「万が一、これが計画通りに進まなかった時には、どこでそれを挽回するつもりなのか?」など、細かなことを指摘され…それを修正して提出しても、また別のことを指摘され…と繰り返し注意を受けていました。時には、一○○名以上もの社員がいる広いフロアで大声で怒鳴られてフロア全員の注目を浴び、涙したこともありました。
実は、ちょうど同期で同じ部署に入った女性がもう一人いたのですが、二人一緒に注意されるべき内容でも、なぜかいつも係長は私に向かって叱ったり問いただしたりしてばかり。初めは「どうしていつも私ばかり注意されるんだろう?」と思っていたのですが、ある時から「係長は、私のことを見込みのあるやつだと思ってくれているに違いない」と自分に都合よく考えるようになりました。というのも、同期の彼女はまさに「お嬢様」という雰囲気で、物腰の柔らかな優しいタイプだったのに比べて、私はというと、元気で明るくて、いくら叱られても落ち込んだりせずに、逆に「今後こそ、見返してやる!」と燃えるタイプだったからです。係長も私のことを「雑草のように打たれ強い新人」ととらえていたに違いありません。(本当のところは、単に私の方が働きが悪かったからなのかもしれませんが、いいんです。物事は、いいようにとらえた方が幸せなんです!(笑))
本当に厳しい上司でしたが、私は「新人で考えの甘い私に、仕事の厳しさを教えてくれているんだ」「私のために時間を割いて、エネルギーを使って注意してくれるなんてありがたい」と考えるようにしていたので、いくら叱られても、係長を嫌いになることはありませんでした。
そんな上司でしたが、私が2年という短期間で、長野に帰るために退職することになった時は相当ショックだったようです。私が辞めると知った時、とても複雑な…今までに見たことのないような表情をしていたのです。

そして私の送別会。係長は、今までの厳しさからは考えられないくらい私のことを褒めてくれました。仕事のことで褒めてくれたのではなく、送別会の時の立居振舞いについてなのですが、いろんなポイントを見ていて、たくさんたくさん褒めてくれました。私への愛情を強く感じました。
きっと、私のことを時間をかけて育てるつもりでいてくれたからこそ、あえて厳しく指導してくれたのでしょう。本当は、私が何年も勤めて、もっと大きな仕事を任され、少しはまともな仕事ができるようになった時に褒めてくれるつもりだったのかもしれません。でもそれができないうちに私が退社することになってしまい…シャイな彼は、きっと「本当は、君のこと認めていたんだよ。君に期待していたんだよ」ということを伝えるつもりで褒めてくれたのだと思います。
係長の気持ちが十分過ぎるほど伝わってきました。涙涙の送別会でした。本当にありがたいことです。会社を離れてもう20年以上経ちますが、いまだにその会社のことを考えると、必ず最初に係長のことを思い出します。私の仕事の基礎は彼に叩き込まれたと思っています。素晴らしい出会いでした。私にとっての初めての上司が彼で良かったと心から思います。

上司やリーダー、トップ、あるいは先生、親と言われる立場の人には2パターンあるそうです。「優しいけど冷たいリーダー」と「厳しいけど温かいリーダー」。
「優しいけど冷たいリーダー」は、部下からいい人と思われたくて厳しい注意をすることができません。なんでも「いいよいいよ」と優しくしておきながら実は不満をためていて、いきなりバッサリ「降格」や「配置転換」などをしてしまうんですね。
片や「厳しいけど温かいリーダー」は、叱ったり、注意したり、仕事に負荷をかけてきたりするけれども、実は深い愛情を持っていて、すべてその人の将来のため、幸せのためを考えて言ってくれている…そんなリーダーだそうです。どちらがいいかと言えば、もちろん後者でしょう。その時は、その厳しさの意味がわからなかったとしても、その人の元を離れて何年も経って…もしかしたら自分が「リーダー」という立場に立った時に初めて、「あの時彼はこう言いたかったんだ」「こんなに大切なことを教えてくれていたんだ」と思えることがあるのではないでしょうか。
自分の人生を振り返ってみても、心に残っている上司はやっぱり「厳しいけど温かいリーダー」です。そして、今の私の上司でもある父は、やっぱり「厳しいけど温かいリーダー」です。(最近はめっきり丸くなりましたが…。)そんな上司達に巡り合えたこと、私は本当に幸せだなぁと思います。そして私も「厳しいけど温かい母親」「厳しいけど温かい先生」を目指したいと思います。