木下晴弘「感動が人を動かす」31「電球をかえただけやで」

(お願い)諸般の事情により、SNS等への転載は、一部抜粋の転用も含めてご遠慮ください。当サイト内のみでお楽しみいただけたら幸いです。

シリーズ「感動が人を動かす」31
「電球をかえただけやで」

「涙の数だけ大きくなれる!」著者  木下 晴弘

私たちの会社は、講演業務を主軸としていますが、私立学校で実施されている放課後講習に予備校の先生方をご紹介するという業務も実施しています。今回はそんな現場でいつも弊社を支えてくれているあるスタッフの弟さん(48)のお話です。
彼はビル、マンション、一軒家といったオフィスや住居の水回りのメンテナンスをはじめリフォームを請け負う会社に5年前に転職し、現在営業チームを率いるリーダーで、自ら現場で働くエンジニアとしても活躍しています。

基本的には週末と祝日は会社がお休みなのですが、特に住居での機器トラブルはいつ起こるかわかりません。携帯電話にかかってくるSOSの連絡を会社に転送し、「本日はお休みです」のメッセージを流すことはできるのですが、彼は休みの日でも連絡を受けると現場に飛んで行って修理を行うのです。どうしても外せない用事があるときでも「〇〇時なら行けますよ」と応答し、できる限りお客さんの希望に沿うようにするのです。それを続けているうちに、その仕事ぶりがお客さんに感謝されるようになり、感謝したお客さんが次から次へと知り合いを紹介してくれるようになりました。それゆえ転職してわずか3年ほどで営業成績は常にトップ。やがて社長さんの耳にそのうわさが届くようになり、そして現在はチームリーダーを任され、今度新しく出す支店の支店長に任命されたというスゴイ人です。

彼が転職したてのある冬の日のことでした。休日だったため、自宅でゆっくりしていた彼の携帯に「温水器が壊れた」というSOSが入りました。いつものようにすぐに出動し、小一時間で修理は完了。書類にサインをしてもらっているときに、そのお客さんの近所に住むおばあちゃんが訪ねてきました。状況を知ったおばあちゃんは彼に向って申し訳なさそうに言いました。

「数日前から納戸の電球が切れてしまって困っているの。どんな電球を買えばいいかわからないし、年寄りの一人暮らしだから高いところにのぼるのが不安で・・・初めてお会いしてこんなことをお願いするのは大変失礼だとは思うけど、何とか見てもらえませんか?」

もちろん彼は快諾しました。すぐにおばあちゃんの家に行き電球の種類を確かめ、近くにある家電量販店で購入し、無事に納戸は明るくなりました。その際、電気コードが老朽化している個所が見つかったため、その補強も行いました。おばあちゃんはたいそう喜んで、
「いくらお支払いすればいいですか?」と尋ねてきました。
「いや、これくらいなんてことはないから代金はいいですよ」と彼。
「いえ、それはいけません。お支払いしなくては」とおばあちゃんも引き下がりません。
「わかりました。それでは実費の150円だけいただきます」
「え?そんなに安いの?」
「おばあちゃん、電球をかえただけやで。おばあちゃんにしてみれば、高いところにのぼって大変やと思うかもしれんけど、僕にとったら何でもないことなんよ。だから電球代の150円だけもらっとくわ。年取ったらお金はあればあるだけ有難いんやから大事にしてや」

おばあちゃんは何度も何度も「ありがとう」と繰り返し、
「また何かあったら、お願いしてもいいかしら」と尋ねてきました。
「もちろん。困ったことがあったらいつでも言ってきてや」
彼は肩書のない名刺を一枚置いて家路につきました。

それ以来、おばあちゃんから連絡が来ることはありませんでした。

瞬く間に5年というあわただしい日が過ぎ去り、彼の仕事ぶりが高い評価を受けるようになりリーダーに昇進。部下ができてその指導にも精力的に取り組んでいたある日のことでした。
彼の携帯に見慣れない着信番号が表示されました。出てみると女性の声で「△△さんですか?」と彼の名前を呼ぶ声。
「家のリフォームをしたいのですが、相談に乗っていただけますか。お時間の空いているときにお越しいただけるとありがたいのですが」

彼が言われた住所に向かうと、なんとそこはあのおばあちゃんの家ではないですか。
事情が分からない彼は尋ねました。
「以前ここにおばあちゃんがお住まいだったと思うのですが・・・」
するとその女性が話し出しました。
「ええ、母が一人で暮らしていましたが2年前に他界しました。いろいろな事情があったとはいえ、母を一人で逝かせてしまったことを私は後悔しています。せめて母の住んでいたこの家を大切に受け継ぐことが私にできるわずかな償いと思い引っ越してきたのですが、かなり古くなっており、リフォームするしかないと思いました。しかし、知らない街で誰にお願いすればいいのかわからず、途方に暮れているとき、母のタンスを整理していてこれを見つけたのです」といって彼女が差し出したのは、あの日おばあちゃんに渡した肩書のない一枚の名刺でした。その名刺の裏には、赤いボールペンを用い、おばあちゃんのたどたどしい字でこう書かれていました。

「困ったことがあったら、この人に連絡すること。この人にお願いすれば間違いないから」

その場で泣き崩れた彼にもたらされたのは、今までで一番大きなリフォームの注文でした。