木下晴弘「感動が人を動かす」23 「外国人と大阪のおばちゃん」

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シリーズ「感動が人を動かす」23
     「外国人と大阪のおばちゃん」 
      「涙の数だけ大きくなれる!」著者  木下 晴弘

 ご存知の方も多いとは思うが、大阪の代表的な繁華街に「キタ」と「ミナミ」がある。地名でいうと「キタ」は梅田で、「ミナミ」は難波を指す。文字通り、この2つの街は梅田が北で、難波が南の方角に位置している。
「キタ」は北新地とよばれる一角が有名だ。高級クラブや料亭がひしめき、ときに東京銀座と対比して語られることもあるが、規模としては銀座のそれに及ばない。「ミナミ」はミナミの帝王という映画によって、その名を全国区にしたというところか。
生まれも育ちも大阪の私は、幼少期から母に「ミナミは怖いところだからね」と言われて育ったのだが、それがとんでもない偏見だと気付くのに随分と時間がかかった。小さな時の刷り込みは本当に恐ろしい。最近では他府県の方から「ミナミってやっぱり怖いところなんですか?」と質問されることがたまにあるが、「いえいえ、まったくそんなことはないですよ。賑やかで素敵なところです。例えばね・・・」と、完全擁護派を決め込んでいる。しかし、ひとしきり「ミナミ」の魅力を伝えた後、疑いのまなざしで「でもミナミの帝王みたいなことが起こってるんでしょう?」と問われると、返事に困る。確かにないわけではない。でもそれは東京でも起こっている。否定することができない私は「そこがいいところですやん!」と笑って見せるが、帰ってくる笑顔はぎこちない。


そんな「キタ」と「ミナミ」をほぼ一直線で結ぶ大動脈が地下鉄の御堂筋線である。私のオフィスは沿線の西中島南方という駅に近い。南は「なかもず」から「難波」を経由し途中、―「梅田」―「中津」―「西中島南方」―「新大阪」―と北方向は「江坂」という駅まで約25キロを結んでいる。ところで、この御堂筋線であるが、北方向に向かう電車はすべて「江坂」まで連れて行ってくれるかというとそうではない。「中津」や「新大阪」で折り返してしまうものが半数ある。「新大阪」での折り返しはわからないでもない。JR在来線や新幹線との接続駅だからだ。しかし、「中津」がどうも中途半端である。あと二駅で新大阪ではないか。いや、せめてあと一駅乗せてくれたら私はオフィスに戻れるのだ。とまあその日も勝手なことを考えながら、途中下車を承知で梅田から「中津どまり」の電車に飛び乗った。6月、蒸し暑い日のことだ。


車内はすいている。当然である。次の駅で折り返すのだ。ソファにどっかり腰を下ろした私の視線の先に、4名の外国人旅行者の姿があった。二組の若いカップルで、仲良さそうに会話していた。そういえば最近旅行にも行ってないなぁ・・・などと感傷に浸る間もなく、電車は折り返しの中津駅に到着。一度下車して次の電車を待たねばならない。車両からホームへと降り立った。ところが、あの4名のカップルが降りようとせず車内で会話を楽しんでいるのだ。『あぁ、目的の駅は新大阪だな。まぁすぐに見回りの車掌さんがくるさ』となにも考えずにその情景を眺めていると・・・出たっ!久しぶりに「大阪のおばちゃん」の登場ではないか!「ちょっと、ちょっと、あんたら、このまま乗ってたら元の駅に戻ってまうで~」と突っ込みどころ満載の声掛けだ。まず、元の駅に戻る前に車庫に入るはずだ。いやそもそも、その日本語は通じるのか?多くの疑問が浮かんでは消え、私は様子を見守るしかなかった。旅行者たちは最初、おばちゃんの剣幕に驚き、顔を見合わせ、たじろいでいるかに見えたが、おばちゃんの笑顔とゼスチャーと通じるはずもない大阪弁に、やがて事態を呑み込んだのか車両からホームへと移動した。


ホームでおばちゃんの声がこだまする。「どっから来たん?え~ホエア。カントリー」通じるものだ。会話が始まった。「わたしゃ、難波からよ。NA・N・BA!わかる?」おばちゃんは大阪弁交じりの英単語で話し続ける。「どこに行くのん?あ~ホエア。ゴー」彼らは笑顔で答える「Oh, Kyoto」。今まで私が英語を習ってきた、気の遠くなるような時間をあざ笑うかのように、文法も時制もお構いなしの会話が成立していく。ひとしきり談笑が終わり、次の列車が滑り込んできた。「Thank you. ありがとございまぁす」と片言の日本語でお礼を言った4人に対して、おばちゃんは「ほな、きぃつけて!」と最後まで彼女の母国語を貫き、車内に向かってホームから手を振っていた。
その後の4人は、どうやらおばちゃんの話題で持ちきりだったようだ。車内に彼らの笑い声が響いた。その笑顔を見て「ああ、いい旅になったな」とそう思った。ミナミはやはり、素敵な街だ。もちろん「帝王」もいるであろう。しかし、人の心に灯をともす「おばちゃん」もいるのだ。また、大阪が好きになった。