木下晴弘「感動が人を動かす」20

シリーズ「感動が人を動かす」20

「おいしい山形空港の父子」
「涙の数だけ大きくなれる!」著者  木下 晴弘

いつの頃からそうなのか記憶に無いのだが、最近、空港名の愛称が面白い。「出雲縁結び空港」「高知龍馬空港」「米子鬼太郎空港」「鳥取砂丘コナン空港」など。一昔前までは地名だけの表記だったと思うが、現政権の旗印の一つである「地方創生」も一役買ってのことか、その地域を代表するキーワードが付加されてきているのだ。大半はネーミングの理由がわかるのだが、なかには「富山きときと空港」というような、調べなければ俄かにその意味するところがわからない名称もある。語感からは「脂ぎっているさま」を連想しそうになるが、それは「ぎとぎと」。「きときと」とは富山の方言で「新鮮」「生きがいい」という意味だそうだ。確かにそういうことを調べることによって、旅の楽しみに奥行きが出るように思う。とはいえ、私の場合はそのほとんどが「旅」ではなく「出張」なのだが。
4月半ばのその日、重いキャスターを転がしながら出張で向かった先は「おいしい山形空港」。この日の予定は、空港到着後すぐにレンタカーで講演会場を目指し、終了後は新幹線にて東京に向かうというスケジュール。現地でゆっくりと食事を楽しむ余裕など無いのに、機内で私の頭の中は「さくらんぼ」「米沢牛」など、とにかく「おいしい」ものでいっぱいだった。普通に「山形空港」とだけ表記されていたならこんな思考にはならなかっただろう。そういえば以前「モイスチャーティッシュ」と名づけて売れず、それを「鼻セレブ」に変えただけで爆発的に売れた商品があったそうな。ネーミングとは恐ろしい。そんな他愛も無いことを考えつつ、伊丹空港から1時間と少し。快晴の「おいしい山形空港」に降り立った。
レンタカーは空港の眼前に広がる駐車場に停めてあり、簡単な手続きを済ませた私はキャスターを後部座席に乗せ、運転席へと身体を滑り込ませた。早速目的地をナビに登録すると約2時間の道のりであることがわかる。ならばいま空港でトイレを済ませておくのが賢明であると判断し、一度建物内に戻り、再び駐車場へ。爽やかな風に吹かれながら、ゆったりと散歩気分で車まで戻ると、2台ほど先に同じようなレンタカーが停まっており、荷物を積み込む3人の家族連れがいた。若い夫婦と小学1、2年生くらいの息子さん。気にも留めずに再び車中に滑り込み、エンジンをかけて、まずは窓を全開にした。4月の東北とはいえこの日は初夏のような日差しであったため、車内はかなりの高温になっていたのだ。しばらく温度が下がるのを待っていた私の耳に、お父さんと息子さんの会話が飛び込んできた。

「ああ、だめだぞ。それはトランクに入れなさい」
「なんで?」
「シートが汚れるだろ?」
「うん」
「これは他の人の車だろ?シートが汚れたらその人はどう思う?」
「悲しいと思う」
「なら、自分の車以上に気をつけるんだ。トランクにこうやって車輪を上にして入れるんだよ」
「ふうん」
「これなら、トランクの中も汚れずに済むだろ?」
「うん、そうだね!」

小さな男の子が、自分のかわいいキャスターの車輪を上にしながら積み込むさまを見ていた私は、慌てて振り返り、後部座席のキャスターを再確認した。無意識ではあったが、フロアマットに立てておかれていたキャスターを見てほっと胸をなでおろしたのだ。
いいとか悪いとかではなく、物を大切に使うという風潮が薄れてきて久しいように思う。塾の講師をやっていた時、新品の文房具が山積みの落し物箱をみて、もったいないと常に感じていた。「断捨離」という言葉がはやる時代。捨てるべきものもあるだろうが、残すべきものもあるだろう。その選択を間違いたくないものだ。
そうか…さすが、おいしい山形空港。そこでする体験もおいしいわけである。