木下晴弘「感動が人を動かす」18

シリーズ「感動が人を動かす」18

「この国は大丈夫だ!」
「涙の数だけ大きくなれる!」著者  木下 晴弘

夏も終わりの8月末、神奈川県相模原市にある光明学園相模原高等学校さまにお邪魔した。新横浜駅で新幹線を降り、JR横浜線で橋本駅に向かう。車窓から見える景観は横浜の都市部を過ぎたあたりから、緑の多い住宅街へと徐々に変化する。ビルに囲まれていると、頭上を大きく仰ぎ見ることは少ないが、あたりに高い建物がなければ、遠くの山々と青空との境界にある白い雲が視界に入り、スマホの小さな画面を凝視していては決して得られることのない開放感が疲れた身体と心を癒してくれる。この豊かな星に生れ落ちた幸運を実感する一瞬であるが、受信するセンサーが疲弊していると、そのささやかではあるが、至福のひと時に浸る間もなく人生は流れていく…そんなことを思いめぐらせているうちに電車は橋本駅に滑り込んだ。そこから単線である相模線に乗り換え原当麻(はらたいま)駅へと向かう。その駅にご丁寧にも先生がお迎えに来てくださるという予定であった。特に運動部の活躍は素晴らしく、インターハイ出場の常連校であるこの学校は、文武両道に力を入れる素敵な環境下で、熱い先生方と礼儀正しい生徒さんが充実した日々を過ごしている。
小心者の私はその日も待ち合わせ時刻の約1時間前に原当麻駅に到着し、ぼんやりとお迎えの車を待っていた。2階にある改札口を抜けると左右どちらかの階段を降り地上に向かう。右手にはエレベーターが設置されており、その乗り口にあたる踊り場にちょっとしたスペースがある。眼下にある細い道路を渡った先に、飲み物の自動販売機とゴミ箱が見えるその場所から迎車の到着を確認することもできた。私はしばらくそこで時間を潰すことにした。夏休みでなければ高校生たちで活況を呈する時刻であるが、この朝は15分に一度くらいの頻度で到着する電車から吐き出された数名の乗客が、改札を通り過ぎてゆくのみであった。その中に一人の女子高生がいた。おそらく光明学園に通う生徒さんだろうと眺めていたのだが、彼女は階段を下りていく途中でしゃがみこんだのだ。予期せぬ動きに思わず注視した視線の先に、次の瞬間、彼女の手には階段上に落ちていたであろう汚れたティッシュが握られていた。「ん?ゴミを拾った?」事情が飲み込めなかった私はしばらく彼女を目で追いかけた。地上に降りた彼女は道を渡った先にあるゴミ箱にそのゴミを投げ入れたのだ。「いや、なんと人間力の高い生徒さんだろうか…」とその子の後姿を2階から眺めていると、その子の後方から同じ制服を着た2人連れの女子が歩いてくるのが見える。なんとその子達の手にも空き缶やゴミが握られており、ゴミ箱にそれを投げ入れ、何事もなかったように談笑しながら登校していくではないか。「うむむ…。これはスゴイ!」彼女たちの素晴らしい行動に賞賛を送りつつも「自分はどうだ?」と自問してみる。そんな感動を体感した私はお迎えの車に乗り込むと、挨拶もそこそこに、たった今目撃した事実を先生に告げた。「ああ、あれはうちの空手道部の生徒たちなんですよ。以前、掃除の重要性を話したところ、生徒たちで実践をしようということになったらしく、それ以来部員たちは学校内だけでなく地域の清掃もやるようになりまして…まったく、大人である私たち教員よりも彼女たちの方がよっぽど大人ですね。素晴らしい生徒たちに囲まれて、私たちは幸せです」とはにかみながら答えてくださった。「この国は大丈夫だ!」その確信とともについた復路、横浜線から見える景色が往路より美しく見えたのは、彼女たちのおかげであると思った。