木下晴弘「感動が人を動かす」15

シリーズ「感動が人を動かす」15

「大阪のおばちゃん登場や」
「涙の数だけ大きくなれる!」著者  木下 晴弘

昨年12月のことでした。その日の午前中、私は吹田市の江坂というところでお客さまとのお打合せがあり、それが終わった昼過ぎに大阪市営地下鉄御堂筋線江坂駅のホームにいました。この地下鉄御堂筋線は大阪を南北に貫く路線で、梅田(いわゆるキタ)、難波(いわゆるミナミ)といった、大阪の二大繁華街を結ぶ大動脈にもなっています。また、地下鉄と名前がついてはいますが、西中島南方という駅(梅田よりも2つ北にある駅)より北にある駅はホームが地上にあるという変わった地下鉄で、江坂駅はその地上駅の一つです。ところで、江坂という街は大阪のベッドタウンでもあり、同時にその街自体も栄えているという特徴を持っており、それゆえ大企業のオフィスも多く、江坂駅の一日の乗降客数は8万人ほどで、朝夕はかなり混雑する駅です。しかしその割にはエスカレーターとエレベーターが一基ずつしかなく、この駅を利用される多くの方が階段で足腰を鍛えているという状況で、その日私も階段を上がり、ホーム上で呼吸を整えている最中でした。

突然「ガラガラ、ガラッ」と大きな音がしたので振り返ると、老夫婦の手荷物が階段に散乱していました。その荷物を持っていたのはおばあちゃんだったらしく、「ほらっ、しっかり持たんからこんなことになる!何やってるんや!」とおじいちゃんの檄が飛んでいます。「そんなこといっても、しょうがないやないの!」おばあちゃんも負けていません。まさにバトルが始まろうとしていました。とはいえ散乱した荷物を早く拾わないと、上がってこられる方のためにも危険です。私も荷物を拾うのを手伝おうと近づいたときでした。

「まぁまぁまぁ、お二人さん、ええやないですか~。こんなこともありますって!喧嘩したらせっかくのおしどり夫婦が台無しですやん。ささ、荷物、一緒に拾いましょ。あら、かわいいお人形さんやねぇ。お孫さんへのプレゼント?」と満面の笑みを浮かべた、貫禄のある50半ばくらいのおばちゃんが、大きな声で老夫婦にしゃべりかけながら階段をのしのしと駆け上がってきたのです。『でたっ!大阪のおばちゃん登場や。俺の出る幕はないなぁ』と私は興味深く成り行きを見守ることにしました。
「ええ、そうですねん。今から孫のところに行くよってに、お土産、つめ込んでましてん。ちょっと詰め込みすぎてこんなんなってしもうて・・・」説明するおばあちゃん。「ご迷惑をおかけしてえらいすんませんなぁ」と謝るお二人に、大阪のおばちゃんはさらに笑顔で言いました。「いや、うらやましいわぁ。うちも孫の顔が早う見たいと思ってるんやけど、こないだ息子にそう言うたら、『急かしたら、よけいでけへんでっ!!』って叱られましてん。がはは」豪快に笑うおばちゃんに、ついつい老夫婦もつられて笑い出し、先ほどの険悪なムードは完全に消滅していました。

結局、その老夫婦とおばちゃんは大きな声で笑いながら、ホーム前方へと進んでいかれました。このとき、ふと考えました。『もし私が荷物拾いをお手伝いしていたら、確かにあの老夫婦のお役に立てただろうし、すぐに階段は安全な状態に戻っていただろう。しかし、これから起こりそうであった夫婦喧嘩を止めることはできていただろうか?逆に私が手伝ったことによって、おじいちゃんはさらに「お前がしっかりしないから、ご迷惑をおかけしたじゃないか」とおばあちゃんを責めていたかもしれない。疾風のように現れて、階段の状態を元通りにしただけでなく、その場の雰囲気の棘までもを一瞬で抜き去っていったあのおばちゃん・・・只者ではない』

表面上の親切と、本当の親切と、どちらも同じ素敵な親切ですが、できれば後者をさりげなくできる、そんな人になりたいなと強く感じた出来事でした。
また大阪のおばちゃんにやられた、ちょっとココロが温かくなる年の瀬でした。