木下晴弘「感動が人を動かす」14

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シリーズ「感動が人を動かす」14

「心の中でエールを贈る」
「涙の数だけ大きくなれる!」著者  木下 晴弘

仕事柄、遠征の多い私ですが、先日7日連続の出張がありました。私の住む大阪は日本全国どこへ行くにもアクセスという点では申し分ない立地で、ほとんどの出張は日帰りが可能なのですが、今回のルートは逐一大阪に戻る負担の方が大きく、悩んだ末の決断でした。というのも、体格の割には気が小さく、神経質な私は、枕が変わると寝付けないタイプで、ましてや日々のホテルまで変わるという一週間に耐えられるかどうかが不安だったからです。
キャスターにはパソコン・プロジェクター・スピーカーに加え、延長コードとケーブルを入れており、しかも飛行機の機内に持ち込める大きさにまとめているため、着替えを入れるスペースの余裕はなく、衣類は別のバッグになります。下着類も大量になると、その体積や重さはかなりのものになるので、一度に持って移動できるのはおよそ3日分。ホテルを転々としながらの一週間なので、あらかじめ出張先の2箇所のホテルに衣類を送っておいての出張でした。

出張もそろそろ疲れが出てくる後半の平日、私は夜から始まる講演会のため、午後4時過ぎに神奈川県の東戸塚という駅に降り立ちました。講演開始までの時間は十分すぎるくらいあったので、『カフェにでも入って・・・』などと考え、ゆったりとした足取りで改札口を抜けたのです。そのとき私の通過した右横の改札機を小走りに駆け抜ける二人のビジネスマンの方がいらっしゃいました。年のころなら30台前半。お二人とも紺のスーツをピシッと着こなし、髪型や身のこなしにも清潔感が溢れており『いかにもできる営業マン』といった感じでした。
「あと何分ある?」「15分ほど。急ごう」
私の側を通り過ぎる際に二人が交わした会話を聞いて『営業先に遅刻しそうなのかな?あせるよなぁ。わかるわ~』などと勝手な想像をしていた私でしたが、二人はあっという間に人ごみの中に消えてゆきました。

改札を出て右方向に進み、階段を上がったところにバスのロータリーがありました。その先にカフェはなさそうだったので階段を引き返そうとしたとき、ロータリー円周上で私のちょうど反対側に泣きながら歩いている3歳くらいの迷子の男の子が目に入りました。「ママぁ~ママぁ~」と叫んでいるのが聞こえます。しかも号泣しながら車道の方に向かっていくではありませんか。『こりゃいかん』と思い、その男の子のところに向かい始めたときでした。男の子の少し先を歩いていた二人の男性が、くるっと引き返してきて男の子の前にしゃがみこみ、声をかけ始めたのです。そう、先ほど改札を小走りで抜けていったあの二人です。私がゆっくりと近づきながら様子をうかがうと、「すぐに追いかけるから、お前は先に行っててくれ」「わかった」という会話が聞こえてきました。

「ぼく、どうしたの?お母さんいなくなっちゃたの?」男の子はわぁわぁ泣くばかりです。
「ようしわかった。もう大丈夫だからな。おじさんがお母さん見つけてあげるから」

彼には時間がないはずです。しかし迷子の男の子を放っておけなかったのでしょう。ひょっとしたら同じ年頃のお子さんがいらっしゃるのかもしれません。『私がかわりましょう』と声をかけようとしたときでした。
「○○ちゃ~ん!」男の子の名前を呼びながら階段を駆け上がってくるお母さん。

いやぁ、一件落着。ほっとすると同時に、最近他人事には目もくれない世知辛い風潮の中で出会ったこの爽やかな男性に『かっこいいねぇ』と心の中でエールを贈る自分がいました。
カフェに向かった私の足取りは、出張後半とは思えないほど軽くなっていました。