木下晴弘「感動が人を動かす」12

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シリーズ「感動が人を動かす」12
「高校生の叫び声」
「涙の数だけ大きくなれる!」著者  木下 晴弘

4月初めのことです。その日の朝8時過ぎに私は、西武新宿線沿線のとある駅に降り立っていました。午前中に行われる講演会の弁士としてお招きいただいていたのです。しかし、あいにくの雨。しかもこの季節にありがちな嵐のような横なぐりの雨で、ようやく咲いた桜の花が必死に散らずに耐えていました。

その駅から会場までは徒歩10分ほどです。しかし、この激しい雨では傘は役に立たず、スーツはもちろん、機材までも雨にやられかねません。仕方なくタクシーを利用するべく、乗り場を探し、予想通りの長蛇の列の最後尾に時間を気にしながら並びました。

タクシー乗り場はバス乗り場の続きで、改札を出て階段を下りた歩道上にありました。もちろん屋根がついてはいましたが、なんせ風が強いので雨が降り込んできます。それゆえ並んでいる人はみんな1メートルほど歩道の奥に入ったところに並んでいました。そしてその列の足下には、視覚障害の方の誘導用ブロックがあったのです。しかしお恥ずかしいことですが私を含め、誰もそれを気に留めることはありませんでした。

時計を気にしながら10分ほど経過した頃でしょうか、私の待ち順が列の中腹にさしかかったときでした。1人の男性がすたすたと歩きながら、速度をゆるめることなくその列めがけて突き進んでこられるのです。改札口に向かうほとんどの方が数歩迂回しながらタクシー待ちの列を避けるようにして進まれていたので、その男性の動きは並んでいる私達にとって違和感がありました。その男性はどんどん私達に近づいてきます。私をはじめ、列中の数名が何事かと身構えたときでした。その男性の後方から大きな声が聞こえたのです。
「すみません!黄色いブロックをあけて下さぁい!」
見ると数名の男子高校生が、私達に向かって大きな声で叫んでいるではないですか。そのときようやく私達は気づいたのです。歩いてこられた男性の手に白杖が握られていることに。

私達は慌ててその男性に道を譲りました。ぶつかる寸前にその男性は私達に気がつかれたようでしたが、道をあけてさしあげると彼は軽く会釈して通り過ぎていかれました。
その直後でした。「ありがとうございましたっ!」と気持ちよい声が響きました。そうです。あの高校生達が頭を下げて私達にお礼をしてくれているのです。気づかなかったとはいえ、間違っていたのは誘導用ブロック上にいた私達であって、責められこそすれお礼を言われるなんて想像外のことでした。そのあと、高校生達はくるりときびすを返して(おそらく)通学路を歩いていきました。全員同じスポーツバッグを持っていたところを見ると、たぶん春休み中に行われている部活の朝練に向かう登校中だったのでしょうか。
その背中を見送りながら私の心は「この国はまだまだいけるぞ!」と大きな幸せで満たされました。