木下晴弘「感動が人を動かす」10

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「感動が人を動かす」10
「おじいさんのエアメール」
「涙の数だけ大きくなれる!」著者  木下 晴弘

その日、私はいつものように出張先に向かう飛行機の通路側に座を占めていました。あとから私の隣である窓側に乗ってこられたのは、とてもおしゃれなおじいさんでした。秋らしく、紅葉を思わせる焦げ茶と朱色がベースとなったカーディガンにラクダ色の綿パン。物腰も柔らかで、息子ほどの年齢である私に丁寧に「失礼します」と声をかけられました。『ああ、素敵な方だなぁ』とは思いましたが、それ以上の感覚が沸き起こるわけではありませんでした。
そのおじいさんのことが気になりだしたのは、飛行機が飛び立ってからまもなく彼が熱心に葉書を書きだしたからです。仕事柄、よく飛行機を利用しますが、機内で葉書を書いている方に出くわしたのは私にとって初めての経験だったのです。
誰に書いているのだろう?なぜ機内で書くのだろう?私の空想は広がり始めましたが、いくら気になるとはいえ、プライバシーの塊である葉書をのぞき込むことなどできません。そのうち私の関心事は今から担当する講演会の内容を再確認することへと移っていきました。
そうこうするうちに飲み物の機内サービスが始まりました。私は冷たいお茶をお願いし、そのおじいさんは温かいお茶を頼まれました。
葉書を書きながら一杯目のお茶を飲み終えた彼が、キャビンアテンダントさんに声をかけようとしたとき、タイミング悪く、一足先に他のお客さんへの対応が始まってしまいました。
一度声をかけそびれると、なかなか次の行動に移れないのでしょう。そわそわした様子が伝わってきます。彼のジレンマを感じた私はお節介とは思いましたが「お呼びしましょう」と、手を挙げました。キャビンアテンダントさんにお茶のおかわりを申し出た彼は私に「どうもありがとう」と一言。チャンスと感じた私は彼に「お葉書を書いておられるのですね。まさにエアメールですね」と振ってみたのです。
「ああ、いや飛行機に乗るたびに書いておるのです」
「へぇ~、そうなんですか。お友達に、ですか?」
「いや、ちょっと家内に宛ててね」
「奥さまですか!これはこれは。今日はお仕事ですか?」
「いや、囲碁仲間が遊びに誘ってくれまして」
「ということは、奥さまはお留守番ですね」
「いや、家内はもうこの世にはおらんのです」
「は?」
お聞きすると、すでに古希を迎えられたおじいさんは、先代から続く金物店を営んでおられたそうですが、数年前に奥さまを亡くされたことをきっかけに、息子さんにそのお店をまかせ、現在は隠居生活を送っておられるとのこと。生前、飛行機が大好きだった奥さまを連れて、空港に飛行機見物に行くことがお決まりのデートコースだったこと。飛行機に乗る機会はほとんどないが、そのたびに奥さまとの楽しかったデートが想い起こされ、また空を飛んでいると、なんだか奥さまに近づいたような気がして思わず手紙を書いてしまうこと、等を語られました。
お名前も聞くことができずそのままお別れしましたが、素敵なお話を聴いた私の心は、その日ずっとポカポカのままでした。