木下晴弘「感動が人を動かす」8

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「感動が人を動かす」8
「おばあちゃんの言葉」
「涙の数だけ大きくなれる!」著者  木下 晴弘

愛媛県の宇和島に高田商店さんという、それはそれは、とっても美味しい「ゆずを使ったポン酢」を心をこめてつくっておられる皆さんがいらっしゃいます。先日そちらにお招きいただき、皆さんに講演をお聞きいただきました。とっても明るく、しかも礼儀正しくそしてあたたかい皆さんで、弁士の私が感激しっぱなしという状態でした。講演終了後、お食事をご一緒させていただいたときに私はそこで働いておられるTさんという方から衝撃的なお話を聴くことになりました。

Tさんのお知り合いに、家族3代で仲良く過ごす一家がいらっしゃったそうです。そのご家庭には、小学生になったばかりの男の子がいて、特におばあちゃんはそのお孫さんをたいそうかわいがり、文字通り目に入れても痛くないというご様子だったそうです。男の子はご両親とおばあちゃんから愛情をたっぷり受けて、毎日元気に走り回っていました。しかし、その幸せが無残にも打ち砕かれる日が突然やってきたのです。
ある日、自転車に乗って遊びに出かけたその男の子は、通りかかったトラックの後輪に巻き込まれて、即死してしまうのです。なんということでしょうか。元気に出かけた子が、変わり果てた姿で無言の帰宅をすることになろうとは・・・
突如として悲しみのどん底に突き落とされたご家族の張り裂けそうな心中は、察するに余りあります。
戻せるものなら、時を戻したい・・・  家を出るとき、あと5分ひきとめていれば・・・ でもどんなに悔やんでも、どんなに叫んでも、もうその男の子は帰ってこないのです。
深い悲しみの中、葬儀がおこなわれたそうです。「せめて最後ぐらい明るく送り出してやりたい」と思っても、あとからあとから涙が溢れ出して止まらない。ご家族は皆、そんな心境だったと思います。

その葬儀に、トラックを運転していた男性と、その運送会社の社長さんが参列していました。もちろん重大な事故を引き起こしてしまったのですから、その罪は償わねばなりません。ただ、彼らも故意に男の子の命を奪ったわけではありません。誰一人幸せになるものはいないのです。交通事故とはなんとやるせないものでしょうか。
憔悴しきった様子で、仏前までやってきた二人は突然ご家族に向けて土下座をしたそうです。
「この・・たびは・・・なんと・・・お詫び・・申し上げれば・・・よいのか・・本当に・・・申し訳・・ございま・・せん」
いつまでも頭を上げようとしない二人。

「どんなに謝ってもらっても、うちの子は生き返らないんだっ!!どうしてうちの子がいることに気づかなかったんだっ!!返せっ!!頼む・・・うちの子を返してくれっ!!」
泣きながらそう叫ぶご家族にどんなに責められても、悪いのはこちら。ご遺族の怒り、悲しみ、悔しさをすべて受け取って、誠意を見せることしか自分たちにできることはない・・・その覚悟を決めての土下座だったと思われます。

ところがこのとき、おばあちゃんからその二人に信じられないような言葉が投げかけられたのです。

おばあちゃんはこう言ったそうです。

「うちの孫は、この年でこの世を去る運命にあったのです。そのきっかけとなる、とても嫌な役割をあなたに背負わせてしまって、本当に申し訳ありません」

その言葉を聞いたとたん、彼らは驚いて頭を上げました。そして一瞬の後、二人は人目をはばからず、オイオイと号泣し始めたのです。

なんと、おばあちゃんはかわいい孫を奪った相手を許したのです。いやそればかりか、その相手の心中を思い遣ったのです。

「ス・ゴ・イ・・・・・」
お恥ずかしいですが、この話を聴いたとき、私は一言そう答えるのがやっとでした。
自分には到底できる行動ではない。そう思いながらも、そのおばあちゃんの一言で少なくとも救われる心があったのではないか。いや、一番救われたのは他でもない、亡くなった男の子ではなかっただろうか。
などと考えてしまいました。お聞きしたあと、なんだか悲しさと切なさの中に、あたたかいものを感じた私がいたのです。

Tさんは最後にこう付け加えてくださいました。
「そうそう木下さん、その後その運送会社はどうなったと思います?なんと、安全運転、地域NO1の表彰を受ける会社になっていったんですよ。あのとき、おばあちゃんが言ってくれたあの言葉のおかげでね」