木下晴弘「感動が人を動かす」6
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シリーズ「感動が人を動かす」6
「空の上のりんごジュース」
「涙の数だけ大きくなれる!」著者 木下 晴弘
航空会社では、搭乗の際に一般の方の搭乗に先がけて「事前改札」なるものが実施されます。これは、お手伝いが必要な方から優先的に機内へと案内してくださる制度で、その中には「お子さんの一人旅」をサポートするものもあります。
春休みのその日、私が乗る飛行機にも、小さな女の子が一人で目的地へと向かう空の旅にトライする姿がありました。
搭乗を促すアナウンスが流れ、事前改札が始まりました。
改札機の前で、付き添いのお母さんが、その女の子をぎゅっと抱きしめました。
「向こうに着いたらおばあちゃんが迎えに来ているからね。気をつけるのよ。困ったことがあったら飛行機に乗っているお姉さんにすぐ言うのよ」
そう言うと、お母さんはもう一度、彼女をぎゅっと抱きしめました。
姿が見えなくなっても心配そうに通路を眺めているお母さんを尻目に、私も機内へと向かいました。私の指定された席は通路をはさんで左サイド通路側。その女の子は同じ列の右サイド窓側でした。お母さんの気持ちに感情が移入していた私は、時折その女の子の様子を窺っていましたが、離陸時に窓の外に釘付けになっている彼女を見て、
「不安より興奮が勝っているだろう。これなら安心だ・・・」
と思い、いつしか眠ってしまいました。
しばらくして飲み物サービスが始まり、私は熱いお茶をその女の子はりんごジュースを注文しました。窓の外はすでに暗く、彼女は少しずつ、少しずつジュースを大切にそして楽しんで飲んでいるようでした。
そうこうしているうちに、飛行機は着陸に向け準備を始め、キャビンアテンダント(CA)の方が空になった紙コップの回収にまわってこられたのです。女の子のコップにはまだ少量のりんごジュースが残っているはずです。
CA「コップ、もういいかな?」
女の子「う、うん」
一瞬のやり取りを経て、女の子は紙コップをCAの方に差し出しました。
蓋とストローのついたそのコップをCAの方は軽く振り、残量を確認します。わずかな音がしました。本当にわずかな。それを回収用のトレイに乗せ、女の子の前のテーブルに手をかけ、「これ、もうすぐ着陸するからしまっておこうね」
と優しく声をかけて、後方へと歩いていかれました。
女の子はうつむいていました。
女の子の気持ちは良くわかります。残りわずかとはいえ楽しみにしていた最後の一口だったかもしれません。しかし、安全面から終始彼女のことを気遣っておられたCAの方々の気持ちも良くわかります。
『うむむ・・・』考え始めたそのときでした。女の子の隣に座っていた30半ばくらいのビジネスマンが、通りかかったCAの方に言ったのです。
男性「すみません、今からりんごジュースいただいていいですか?」
CA「もちろんです。まだ少し時間がありますから。すぐお持ちしますね」
男性「あっ、お手数ですが蓋とストローもお願いします」
CA「かしこまりました」
しばらく後、届けられたりんごジュースを彼は隣の女の子に差し出したのです。
男性「はいりんごジュース。これっておかわりできるんだよ!テーブルを出さなければ、着陸のときに飲んでいてもいいんだよ。どうぞ。」
女の子「ありがとう」
CAの方の気持ちも考え、気づかれないようにその女の子にりんごジュースを手渡したその男性。私は心の中で叫んでいました。
「よっ!プチ紳士!」
そうそう、女の子は無事おばあちゃんに会えましたので、どうぞご心配なく。