クラスみんなで書いたN君へのハガキ

滋賀県で高校教諭をしている北村遥明さんは、毎月ゲスト講師を招いての勉強会「虹天塾近江」を主催し、その講演録などを掲載したニュースレターを発行しています。
今日は、その北村さんの「ちょっといい話」を紹介させていただきます。
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「クラスみんなで書いたN君へのハガキ」

北村遥明

私は高校教員ですが、数年前、高校二年生の担任をしていた時の出来事です。 私の学級にN君というテニス部のキャプテンで、英語が得意な生徒がいました。彼の夢は国際関係学部のある大学に入り、イギリスに留学することでした。彼は誰とでも親しくできる人柄で、毎日みんなと楽しく過ごしていました。
十月に入り、月末にあるテニスの新人戦にむけてN君はがんばっていました。そんなある朝、学校に一本の電話が入りました。N君のお母さんからでした。
「昨日の夜、吐き気と頭痛が起こり、急遽入院することになった」 という連絡でした。 その日の夜にお母さんに電話をして、その後の状況を聞いたのですが、痺れのために体は動かず、何とか話は出来る状態。病名は脳梗塞の一種であることが知らされました。今後どうなるかは分からないとのことでした。 私は学級の生徒たちを前にして、
「昨日まで普通に学校に来ていたのに…、なぜNみたいなええ奴がこんなことにならなあかんのやろ。このまま体が動かへんかも知れへんし、動けるようになるかも知れへんし、今はわからへんねんて…」
といたたまれない感情をそのままに伝えました。 みんな顔色を変えて呆然としたり、顔を引きつらせたりしていました。
3日後の早朝に、お母さんから連絡が入りました。それは吉報でした。
「先生、今朝右手が動いたんです。足も動きました、ゆっくりですが。お医者さんがこれは奇跡だって言っていました」
私はすぐにそのことを朝の会で学級の生徒たちに伝えました。思わずクラス全員から大きな拍手が起きました。それで、その日の私の授業で彼らにこう提案しました。
「Nのために励ましのハガキを書かへんか。どうかな…、小学生っぽいかな」
するとN君と特に親しい男子生徒が、
「いや、先生ありですよ」
と言いました。 そうして、みんなで祈るように励ましのハガキを書きました。普段の授業では隣の友達と喋ってばかりの子も、居眠りしがちな子も、みんな真剣な表情。教室の雰囲気は静けさの中に一体感が感じられました。 私はみんなが書いたハガキを届けに病院に行きました。
今も忘れられないのは、まだ右手が動きはじめたばかりなのに、テニスのラケットがいつでも握れるようにベッドの横にあり、机には英語の教科書の書き取りをしたノートがあったことです。それはミミズがはったような文字でした。 学級のみんなからのハガキを受け取った彼は、
「後でゆっくり読みます」
と言いながら、嬉しそうな表情を見せてくれました。
三週間後、更に奇跡が起きました。彼が学校に戻ってきたのです。 担当医も、
「こんな回復は今まで見たことがない」
と言ったそうです。 私は本当によかったと心から喜び、教室では、 「今日からNが復帰することになった、本当に良かったな」
みんなの前で話しました。でも、高校生の彼らはできる限り普段通りの感じで迎えようとしていたのが印象的でした。
その後、Nは少しずつ普段の学校生活も出来るようになり、テニスも出来るまでになりました。 時は流れ3学期の終業式の日を迎えました。私は担任として1年間を振り返って話をしました。そして最後に、
「3年生になってがんばれよれよ!」
と話して終わろうとしました。 その時、突然N君が手を挙げて、 「先生、ちょっといいですか」
と言いました。そしてN君は前に出ててきて、そしておもむろに、 「やっぱりこれだけはちゃんと言いたかったので・・・。僕が脳梗塞で病院に入院をしたときに、もう手が動かないかもしれないとお医者さんに言われて、正直気持ちが落ち込みました。そんな時にみんなからハガキをもらいました。先生から受けとったその日から何度も何度も読み返しました。そして勇気をもらいました。みんなからの言葉がなかったらがんばれなかったかもしれません。本当にこのクラスよかったです。ありがとう」
そんな言葉をみんなに伝えました。
その言葉に涙する生徒も何人かいました。そして本当に温かい一体感がありました。 思い返せばN君は高校2年生の時に脳梗塞になるまでは、何でも自分一人でがんばり、何か出来ないことがあれば一人で悩んでしまうところがありました。
でも、この経験を通して、N君は自分が多くの人の支えの中で生きていることに気づいたようでした。そんなことに気づけたのはきっとクラスの仲間たちたちのおかげだったのでしょう。 N君はその後大学に進み、本当にイギリスへの留学の夢を叶えました。今は航空関係の仕事を志して勉強しているそうです。
昨年、コロナのため休校期間があり、そのことによって改めて学校の存在意義が問われるようになりました。
「学校は何のためにあるのか」
「知識を入れるだけの勉強なら家でも、オンラインでもできてしまうのではないか」
といった意見も出ました。
けれども、私はあのクラスの生徒たちのことを思い出すたびにこう思うのです。
「人生には人とのつながりの中でしか学べない大切なものがある。そしてそんな経験が出来るのが学校なのだ」
と。