女芸人を目指す生徒の進路指導

滋賀県東近江市の高校教諭・北村遥明さんは、毎月、心の勉強会「虹天塾近江」を主宰し、さらに個人新聞「虹天」を発行されています。
そこから、心に響くエッセイを紹介させていただきます。

女芸人を目指す生徒の進路指導
北村遥明

教え子の夢は「芸人」になること
A子は高校一年生の時に私が担任をした女生徒でした。高校二年、三年では担任ではありませんでしたが、大変明るく気さくな生徒で廊下でよく冗談交じりの話もしました。
彼女は中学生の頃から一つの夢がありました。それは女芸人になり吉本新喜劇に入ること。そのきっかけは中学時代に母親に吉本新喜劇に連れて行ってもらったことでした。その時、島田 珠代さんをはじめ観客を笑いの渦に巻込んでいく芸人さんを見て憧れたのです。お母さんは最初、冗談だと思っていたようですが本人は本気でした。
高校に入り彼女がとった行動はまずお笑い芸人が書いた本をたくさん読むこと。休み時間もダウンタウンの松本 人志さんや島田 紳助さん、萩本 欽一さんなどの本をよく読んでいました。
そして、もう一つ彼女がやったことは学校に許可をもらいアイドルグループに入って舞台慣れをするということでした。彼女はなんとそのグループのセンターに配置させてもらうようになりました。それは、彼女自身がお願いをしてセンターにしてもらったらしいのですが、その意図はというと、〝センターになるとマイクパフォーマンスをする機会が増えるのでアドリブで面白い話をする練習になるから〟ということでした。そのグループは巷(ちまた)では人気があったので、「そのままアイドル路線でいっても良いのでは…」と周囲の者は思ったのですが、彼女の芸人魂は確固として動くことはありませんでした。

諦めさせようとしたが・・・
いよいよ高校三年生になり、卒業後の進路を考える時期になりました。彼女の担任に念のため確認すると、「吉本の若手芸人の育成学校(NSC)に進むという希望です」と心配そうな返事でした。確かに私も心配でしたが、今までにお笑い芸人になるための進路指導をしたことがありません。
そんな時にふと、京都尽心塾を主宰されている鈴木 克治先生に紹介していただいた小学校の女性教諭、Y先生のことを思い出しました。Y先生は小学校教員になる前に十年ほど吉本の女芸人として活動をしていたのです。こんな人脈をいただけているのも「虹天」とハガキをやっていたからと言えましょうか(笑)。
早速、Y先生に連絡を取り相談をしましたが、女芸人の道はやはり厳しいとのこと。そこで、直接Y先生からA子に話をしてもらえる機会を作りたいと思い、A子のお母さんに許可をもらって、私とY先生とA子の三人で京都駅の喫茶店で面談をすることにしたのです。Y先生は女性芸人の難しさや厳しさについて語ってくれました。ところが、A子は益々やる気を上げていく一方。帰り際にY先生は、「ごめん、A子ちゃんを止めることができへんかった。こうなったらほんとに売れてもらうしかないね」と言ってくれました。

年齢なんて関係ない
結局、A子は初志貫徹で女芸人を目指してNSCに進みました。A子からは卒業後もラインで時々連絡がきます。「M1グランプリの二回戦を突破することができました」、「今日の深夜一時から相方とネタ作りをするんです!」など。そして先日は久々に学校に顔を出してくれました。せっかくなので学校の近くで食事をしながらいろいろ話をしました。
私はまだ、彼女が本当にこの道よかったのかなあと思う気持ちが半分ありましたが、それでも彼女の話を聞いていると本当に充実して楽しそうです。話を聞いていると、「大学に行きながらお笑い芸人の道を目指してもよかったかなあ」と漏らしてくるので、「大学なんて行きたくなった時に行くのが本当はいいのかもよ」と答えた私。
この言葉は案外本気で、実は私は普段から「自分の人生は他の誰のものでもないのだから、もっと自由に自分の気持ちに正直に進めばいい。やり直しはいつでもできるし、年齢なんて関係ない。いっぺん仕事をしてから本気で大学に行きたくなった時に行ってもいい。その方がなんとなく大学に行くよりも学んだことが身につくはず」という考えなのです。

目的を見失わないように
それから、よく考えてみると、高校の教師が生徒の進路相談に乗る時に一番楽なのは、テストの結果を見ながら分析して、今後やるべき勉強量や勉強方法について助言をしていくというやり方です。もちろん、これが悪いわけではありません。ただ、これだけで終わるならば今後はAIロボットにお任せできそうです。
生徒は、普段はこちらが話すことを聞き流していたとしても、自分の進路を真剣に考えている時に面談をすると、その吸収力がやはり違ってきます。そんな心のコップが上を向いた状態の時に、単に分析データから予測できる進路の可能性を提示していくだけでは非常にもったいないと思うのです。
大切なことは目的です。私たち高校教員は生徒の進路について相談に乗る時の目的を見失わないようにしなければならないと思います。「どこに進学するか、就職するか…」というのは、人生の途中段階の事柄でありゴールではありません。大切なのは、その生徒がその先にどんな人生を歩み、どんな人間に成長していくのか・・・、そういうことに思いながら相談に乗っていくことが大事だと感じます。
こんな風に言うと、「じゃあ、あなたは生徒に対してベストな助言をできるか」「あなたの言うことが正解か」と言われたら、とんでもない話です。

挑戦する勇気を持てるようにあと押しすること
人生というのは、やってみなくちゃわからない、やった人にしか分からないものだと思います。だからこそ、
「人生一回しかないのだからやってみたら!」
と挑戦する勇気を持てるようにあと押ししたり、「応援するで!」とサポートしたりすること。それが生徒の進路相談に乗る大切な目的の一つだと思っています。もし、生徒が自分で選んだ納得のいく進路選択であれば、困難が訪れてもそこから何かを学び成長していくだろうし、後悔なく前を見て進んで行く人間になるだろうと信じています。
とにかく、子どもたちの進路についてどうすれば正解とか不正解なんていうことは分からないわけですが、こうしてA子のように卒業した後も自然体で話ができる繋がりがあることは本当に幸せなことです。そして、彼女なりに「今」を真剣に生きていることが伝わってきたことは確かです。
彼女は今度、女芸人の大会で準決勝に進出したようで、それに勝てばテレビに出演できるそうです。「先生、年内に東京に進出するんですよ。遠いし見に来てとは言えないですけど」「東京なんて近いからまた一回見に行くわ」「ほんまに!」そんな会話がその後も続きました。

芸名は、「りんちゃん」、コンビ名は「ボンレスハムちゃんず」です。もし、テレビやネット、またどこかの会場で見かけたら
応援してやっていただけたら幸いです。

素晴らしい先生方ですね。生徒の将来を本気で心配し考えてくれる。反対するんじゃない、真剣に向き合い応援する。すべての子供たちを、こんなふうに指導できたら、この国は変わるのではないでしょうか。りんちゃん!頑張れ!!
(編集長・志賀内)