困った時の、「鍼(ハリ)と漢方治療」

困った時の、「鍼(ハリ)と漢方治療」
茶屋ヶ坂東洋医学研究院・院長
項一 雅子(こういち まさこ)

聴き手  志賀内泰弘

先生の経歴を教えてください。

1984年に中国の上海中医薬大学・医学部を卒業し、大学病院で漢方専門医の医師として働いていました。
その後、鍼灸に興味を持ち勉強を重ねて付属鍼灸経絡研究所専門医として20年余り治療と研究をしてきました。

なぜ、日本に来られたのですか?

ある時、静岡の大きな病院と人間ドックを経営するお医者さんが、私の師である先生を訪ねて中国へ来られました。1994年のことです。そのお医者さんは、ご自身が糖尿病でかなり病状が進み視力も低下しておられました。
このままでは余命は2年だと宣告されたそうです。
そこで、やはりお医者さんであるお兄さんの勧めで、鍼と漢方の治療を受けに奥様に付き添われて来られたのです。6か月間の治療の甲斐あって病状は回復してきましたが、日本の病院での仕事があり、いつまでも中国にとどまるわけにもいきません。かといって、せっかく効果の出て来た治療を途中で止めたくない。
そこで、帰国するにあたり私の師である先生の指示で、私がプライベート医師ということで日本に付き添ってきたのです。

その時、日本では、一般の患者さんの治療をされていたのですか?

医療法人社団聖仁会の静岡健診クリニックと高間クリニック(東京)で、漢方のアドバイザーをしていました。

アドバイザーですか?

はい。私は中国では上海中医薬大学の准教授ですが、日本で医療行為をするための日本の医師免許や薬剤師免許を持っていません。また、鍼灸について臨床・研究を極めてきましたが、日本の鍼灸師の免許がないので治療することができませんでした。
でも、漢方治療については、その発祥である中国の医師なのです。そのことを病院の先生方が理解して下さり、「こういう症状の患者さんには、こういう漢方薬が効きますよ」ということをアドバイスしたり、ときには先生方に指導させていただいていました。

今は、茶屋ヶ坂東洋医学研究院で、鍼灸治療も漢方治療もされておられますよね。

はい、日本に来た頃は、治療行為ができないことが大変残念でした。
中国では、私は大学病院の医師であり、トップクラスの技術を持っていたと自負しています。それでも、日本ではさまざまな病気で苦しんでいる人たちを治してあげることができません。

それでどうされたのですか?

名古屋にご縁があり、2000年に医療法人涼真会にお世話になることになりました。
理事長のご好意で、漢方のアドバイザーを務めながら日本の鍼灸専門学校に3年間通い、日本の鍼灸師の国家資格を取得しました。これで晴れて日本でも病気で苦しんでいる方たちに鍼灸の治療をして差し上げられるようになったのです。

元々、漢方も鍼灸も中国から日本に伝わったものです。
その本家本元のお医者さんが、日本の学校に通い直すということにプライドが邪魔をしませんでしたか?

プライドよりも、日本でも患者さんの治療をしたいという気持ちが強かったのです。
中国に帰るという選択もありましたが、だんだん日本が好きになってきたので、日本の人たちのためにという思いが募ってきたのです。
ただし、日本の鍼灸の学校で勉強をするのは大変でした。喋ることはできても、専門用語も含めてスラスラと日本語が読めるわけではあません。人一倍に努力しました。

茶屋ヶ坂東洋医学研究院では、漢方治療もされているのですよね。

はい。私がアドバイスをし、同じ建物の1階にある茶屋ヶ坂眼科クリニックが処方して漢方薬をお出ししています。茶屋ヶ坂眼科クリニックでは漢方相談窓口もあり、日本のツムラの漢方薬を保険適応で処方することもしています。
その他、漢方薬は直接、上海中医薬大学の薬局から取り寄せたものを使用しています。日本の薬、中国の薬とどちらがいいというのではなく、その患者さんに一番合ったものを考えます。

ところで、先生はずっと日本で診療されるおつもりですか?

はい。
2000年1月に、日本に帰化し、国籍は日本人になりました。
患者さんを診るだけでなく、日本のお医者さんや薬剤師、鍼灸師の皆さんに高いレベルの中国の鍼灸や漢方を指導する仕事も行い、日本の東洋医学の地位の向上にも努めたいと思っています。

さて、日本では鍼灸の場合、法律(マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律)で、広告が制限されていますので、「○○の病気に効きます」と謳うことができません。
どのように鍼灸や漢方治療を勧めておられますか?

口コミがほとんどです。
私の東洋医学研究所で治療を受けられて、治癒した、快方に向かったという方が家族や友達に勧めて紹介して下さいます。
また、「治ります」とか「効きます」とは広告できないので、「こんな症状でお悩みの方はご相談ください」とホームページに掲載しています。

●頭痛、頚・肩のこり、むち打ち症、腰痛(坐骨神経痛)、膝の痛み
●不妊症、月経不順、更年期障害、子宮内膜症、子宮筋腫、冷え性
●花粉症、アトピー、突発性難聴、帯状疱疹、リウマチ、バセドー病など
●顔面麻痺、脳性麻痺、てんかんなど
●うつ病、自律神経失調症、メニエールなど
●難病(パーキンソン、膠原病、潰瘍性大腸炎など)
●癌の手術後、抗がん剤治療後の症状軽減、体力回復に
●糖尿病、高血圧症、高脂血症、便秘、不眠症、前立腺の病気など

ずいぶん多岐にわたりますね。
いくつか事例を聴かせてください。

当研究所の1階は、医療法人涼真会の茶屋ヶ坂眼科クリニックです。そこへは、顔面神経麻痺で目の瞼(まぶた)が閉じなくて辛い思いをされている患者さんが来られます。鍼治療によく効果が現れるのは、症状が出始めて初期の方です。できれば半年内に。
中には10年以上も顔面神経麻痺に悩んでいる人もいます。そういう場合には、通常12回くらいで効果が現れるところ24回とか、48回とか時間がかかります。これは、脳梗塞や脳血栓など他の病気にも同じことが言えます。できるだけ、早い時期に治療の相談をされることをお勧めします。

どんな、治療をされるのですか。

まず、初診の場合は問診表に症状を記入していただきます。これは多くのを一般の病院と同じですね。記入後に、問診室で直接、院長の私がお話を伺います。その際、脈診、舌診など中医学に特有の診断方法を使い治療方針を決めていきます。
もし事前に、それまでにかかっていた病院での血液検査などをお持ちでしたら、診断時にお持ち下さい。私は、中国では「大学病院の医師」なので、データを読み取ることもできます。

こういう病気は、ここに鍼(はり)を打つと決まっているのですか?

東洋医学では、同じ病名や症状であっても患者様から得られる様々な情報によって違う診断をし、異なる治療方法を行うことはよくあります。似た症状であっても、同じ人は一人もいません。つまり、治療方法はオーダーメイドになります。よって、「この症状はここに打つと効く」という、経絡(いわゆるツボ)はありますが、それは一人ひとりで異なります。
鍼灸だけの方もいますし、漢方の服用と鍼灸治療の両方を組み合わせた治療が適している場合もあります。どうしても、鍼(はり)を打ちたくないという方には、漢方だけの治療をするということもあります。
また、睡眠や運動などの生活や食事のアドバイスも行います。食べ合わせなど、薬膳レシピも紹介しています。その一覧を紹介しましょう(末尾に掲載)。
薬を飲むのではなく、普段の食事の中で身体に良いものを摂取して、体調を整えることもできます。こちらも、季節ごとの身体に良いレシピを紹介します。

鍼(はり)治療について、詳しく教えてください。

最初にご理解いただきたいのは、「悪い場所」にだけ鍼を打つのではないということです。
例えば、偏頭痛の人に「痛い」という頭にだけ打つわけではありません。先程の、顔面神経麻痺の人も、顔の動かなくなった場所にだけ打つのではありません。患者さんの訴えられる局所だけでなく、全身的な治療をさせて頂いております。それは、全身の気血の流れをよくすることで局所も自然によくなってくるからです。

また、当院の特長の一つとして特に他ではあまり見られない顔面部への刺鍼があります。
院長の私が、たいへん得意としている鍼の手法です。
顔面部はたくさんの経絡(つぼ)があり、内臓疾患にも有効であると同時に美容にも効果的でまさに一石二鳥の鍼治療です。

顔に鍼を打つなんて、痛くないですか?

多くの場合大きな痛みはありません。どうしても痛みのある場合には、細い鍼を用いる場合もあります。少し痛いこともありますが、打つ瞬間だけです。「置き鍼(はり)」といって、そのまま20~30分くらい鍼を打ったまま身体を休めていただきます。中には、痛みどころか眠ってしまわれる方もあります。

鍼に副作用はありませんか?

西洋の胃薬や頭痛の薬のような副作用はありません。
ただし、治療の終わったあとは、30分くらいベッドで横になり安静にしてからお帰りいただいています。また、終わって2時間はお風呂に入らないようにお願いしています。
治療後の身体がだるくなることがありますが、これは効果が現れるために起きる一過性のものです。
そうそう、鍼治療の前は空腹は避けてください。私の方からも必ず、「今朝は食事をされましたか?」などと尋ねます。空腹だと、治療中にめまいを起こすことがあるからです。

科学的に、どうして鍼が効くのでしょうか?

上海中医薬大学の付属鍼灸経絡研究所で、そのことを研究していたことがあります。
これは下半身に限りますが、鍼の効き目のある経絡(つぼ)と、リンパの位置がほぼ似通っていることがわかりました。リンパは、人の免疫に関わる部位です。そこを刺激することで、「病気を自分の力で治そう」という自己免疫力を高めるのに効果があることがわかりました。
よく、「なぜ、鍼は効くのですか?」と尋ねられますが、その質問には困ります。
鍼は、何百年、何千年もの間に、「こんな症状の人」には、「ここに打つ」と効き目があったという臨床事例の積み重ねの上に成り立っているものです。
「こういう理由で効く」というのではなく、「ここに打ったら効いた」というのが鍼なのです。

ありがとうございました。
最後に一つ。先生の趣味を教えてください。
日本のコミックもお好きなようですが。

はい。浦沢直樹さんのマンガが好きです。
ただ、趣味は・・・と聞かれると、「鍼(ハリ)」ですね。とにかく、鍼が好きで、大勢の方に打って良くなっていただきたいです。

項一 雅子(こういち まさこ)
医療法人涼真会理事
茶屋ヶ坂東洋医学研究院・院長

上海中医薬大学付属日本校客員教授
東洋医学会会員
日本鍼灸学会会員

聴き手
志賀内 泰弘(しがない やすひろ)
コラムニスト・作家