辻中公の「やまとしぐさ」講座「究極の心配り 」
私の周りには、母をはじめとして見習いたい「美しい人」がたくさんいます。見本となる尊敬できる人に恵まれていることは、運の良いことだと自慢に思っています。
やまとしぐさお稽古では、いつも皆さんからたくさんの差し入れがあり、ワイワイと話しをしながら楽しいひとときを過ごします。
ある日のこと、シフォンケーキを焼いて来てくださった方がいました。ピクニックに行くような可愛らしいカゴに入っているのはケーキだけではありません。
なんと紙皿、フォーク、紅茶の入ったポットに紙コップ、切り分けるナイフまで入っています。
彼女は「紙コップや紙皿では失礼かと思いましたが、洗い物などのお手間をかけないように」と言って、必要な一揃えを持って来てくださったのです。
人が集まると、準備に追われる人、洗い物をする人などが必要で、ゆっくりすることができない人がどうしても何人か出てしまいます。私自身も日頃からそのことを申し訳ないと思っていました。
彼女もきっとその状況を感じてくれていたので しょう。
その日はお陰様で、みんなでゆっくりケーキをいただくことができました。
そのうえ食べ終わると、彼女の荷物からゴミ袋も出てきて、家までサッと持って帰られたのです。
この方が持って来てくださった一揃えですが、日本に昔からある提重を思わせる ものでした。
提重とは、お弁当箱の原型で携帯用の重箱として工夫されたものです。持ち手のついた枠型の中に、四〜五人分の酒の肴が入る重箱・酒瓶・盃・銘々皿などを一揃えとして組み入れてあります。
観劇、お花見、紅葉狩り、お月見や夕涼みなど、四季折々の物見遊山のときに使われました。
このように昔の人は、重箱を開けた瞬間から、座ったまますべての方々がゆっくりひとときを楽しめる「型」をつくっていました。
ちなみに、「弁当」という言葉は、十六世紀に活躍した織田信長が使い始めたという説があります。
織田信長は城で人々に食事を与えていたため、一人ひとりに配るという意味で「弁当」と呼ぶようになったといいます。
私たちは心配りの大切さを知っていますが、楽しむことだけをつい優先してしまい、陰で準備してくれている人や、後片付けをしてくれている人への感謝を忘れてしまっています。
せめて、周りで動いてくれている方々に目を向けて、「有り難うございます」という言葉を掛ける心配りを忘れない、「美しい人」になりたいものです。