どんな仕事も原点は「心を込めて」
みやざき中央新聞・魂の編集長の「ちょっといい話」第十四回
「どんな仕事も原点は「心を込めて」」
水谷もりひと
僕は「みやざき中央新聞」というミニコミ紙にコラムのような社説を書いています。以前、「心を込めて仕事をする」という社説を書いたら、それが全国ネットのテレビで取り上げられたことがありました。その内容が数分間のショートドラマになり放映されたのです。それはこんな内容でした。
書いたのは元夜間中学校の教師・松崎運之助(みちのすけ)さんの話でした。
夜間中学校とは、戦前戦後の貧しい中で十分な教育を受けられなかった人たちのための学校です。読み書き・計算など小学校レベルから教えてくれます。
松崎先生は国語の先生でした。ある日の授業で松崎さんは「はがきを書く」という宿題を出しました。何でもいいからはがきの裏に好きなことを書いて投函するという宿題です。宛先は松崎先生のアパートです。
数日後、先生のアパートに次々とはがきが届きました。ただ一人、猪野さんからのはがきだけが届きません。猪野さんは三十代の左官職人でした。
「ちゃんとポストに入れたのに…」と猪野さんは残念がっていました。
はがきのことを忘れた頃、一枚の不思議なはがきが松崎さんのアパートに届きました。何度も書いたり消したりしたらしく、住所のところが黒くなって、ほとんど読めません。平仮名で書かれた「まつざきみちのすけさま」という文字だけがかろうじて読めました。
「こんなんで届くはずがない。なんで届いたんだろう」と松崎さんは不思議に思いました。
よく見ると、はがきの角に地図が書いてありました。「やきとりや」と書かれ、そこから矢印がアパートの絵に伸びていました。三番目の部屋が塗りつぶしてあり、「ここ」と書かれていました。
「せっかく住所を書く練習をしたのになんで地図なんか書いたの?」と猪野さんに聞くと、猪野さんは胸を張って「やっぱり目印があった方が配達しやすいんだよ」と答えました。
数年後、松崎さんはこの話を講演会で話しました。講演後、一人の男性が近寄ってきました。顔を見ると目が真っ赤になっていました。そして「先生の今日の話にどれだけ励まされたか分かりません」とお礼を述べたのです。
男性は郵便配達の仕事をしている人でした。一軒一軒、手紙を届けるという仕事に誇りと喜びを感じていました。どんなに読みにくい字も、想像力を働かせて読み取り、必ず宛先まで送り届けていました。それが彼にとって「心を込めて仕事をするということでした。
郵便配達は台風の日も年末年始も休みません。配達をして一日の仕事が終わると、みんなでお茶を飲みながら「あそこの婆さんが…」とか「あそこの娘さんが…」と地域の話題に花が咲いていたそうです。
やがて職場に郵便番号を読み取る機械が導入され、合理化が進み、配達の仕事は学生アルバイトでもできるようになりました。気がつくと同僚たちはいろいろな部署に配置転換されていきました。彼は配達の仕事に喜びを感じなくなっていました。そんな時、松崎さんの話を聞いたのでした。
彼は言います。「地図付きのはがきの話を聞いて昔の懐かしい思いが込み上げてきました。普通ならそんなはがきは『宛先不明』で処理すればいいんです。だけどその配達員はきっとそのはがきを手にした時、自分の原点を思い出したんだと思います。『これは必ず届けなきゃ』って。私にはその気持ちがわかるんです」
男性は涙をポロポロこぼしながら話しました。
どんな仕事でも今やIT化やデジタル化など合理化は避けられません。しかし、どんなに状況が変わっても、「心を込めて仕事をする」、やっぱりこれが仕事する上で原点だと思います。