一生忘れないから恩送り
みやざき中央新聞・魂の編集長の「ちょっといい話」第十一回
『一生忘れないから恩送り』
水谷もりひと
以前、日本語の中で、人から言われて一番嬉しい言葉は「ありがとう」だと聞いたことがあります。
「ありがとう」は、感謝されるような行為に対して言ったり、言われたりする言葉です。もちろん愛すべき人に対しては、いてくれるだけで感謝なのですが、「いる」というのもある意味、「動詞」ですから、行為の中に入れましょう。
ただ、時として感謝の気持ちは「ありがとう」とお礼を言って終わることがあります。何かしてもらったとき、「ありがとう」という言葉でお返しをしたことになるのです。
ところが、お礼の言葉を言うだけでは終わらない気持ちがあります。それが「恩」です。「あなたから受けた恩は一生忘れません」と言うときの「恩」です。そこまで深い感謝の気持ちを表す言葉を「報恩感謝」というそうです。そしてその気持ちは次の行為を生みます。それが「恩送り」です。
宮城県登米市にとても変わったお寿司屋さんがあります。家族や友だちなど数人で食べに行くと、個室に通されます。そこに一人の寿司職人がいます。その人に注文すると、その場で握ってくれるのです。目の前で寿司を握ってくれるのですから、みんな感動します。だから口コミで地域一番人気店になっているそうです。
そのお寿司屋さんの店主Iさんは中学卒業後して東京の寿司屋に修業に出ました。家が貧しかったので弟や妹を高校に進学させるため、自分の給料を全額実家に仕送りしていました。8割でもなく、9割でもなく、全額です。伊藤さんはお金を一切使わない生活をしていたのです。
修業は住み込みです。だから食費、家賃は不要です。どこにも出掛けないので新しい服を買う必要もありません。
お金を使うのは大概友だちとのお付き合いです。遊びに行ったり飲みに行ったり。だからお付き合いを一切断ち切りました。
それを知った職場の先輩が時々彼を遊びに連れ出して、よくおごってあげていました。
そうやって必死に努力したおかげで、彼は二十四歳で独立できる「腕」になり、故郷に帰って店を出しました。
Iさんはある日、知り合いのお子さんが、成人したのに仕事も続かず、ぶらぶらしている話を聞きました。その子は、かつて少年院に入ったことのある若者でした。
Iさんはその若者に「いつでも来い。飯を食わせてやる」と言って、店に呼びました。仕事をしていない若者は毎日のように店に来て、タダ飯を食いました。その間、Iさんは彼に人生のいろんな話をしました。でも「いい加減、働け」とは言いませんでした。
ところがしばらくすると、ずっとタダ飯を食っていた若者は自分で仕事を見つけて働くようになったそうです。
その話が口コミで広がり、親御さんから「うちの子の面倒を見てくれ」と頼まることが多くなってきました。どんな子にもIさんはタダで寿司を食べさせました。お昼に来たらランチを、夜に来たら夕ご飯を。
そして、しばらくするとその若者たちは重い腰を上げて働くようになっていくのです。タダ飯食っていた若者は全員、見事に社会に羽ばたいていったそうです。
Iさんは言います。「自分も若い頃、先輩にいつもおごってもらっていた。だから自分も若い人を大事にしようと思っているんです」と。
中にはIさんのお店で働いている「少年院卒」の若者もいるそうです。でもどの子が「少年院卒」の子か分かりません。
「目的や使命を持ったら人相も変わる。言葉も変わるんだよ」とIさんは言います。
Iさんの流儀は「近頃の若者は・・・」と絶対言わない、ということです。
若者を無条件に大切するIさんです。それはIさん自身が若い頃、先輩から受けた恩を一生忘れない。自分が受けた恩を次の世代に送ると決めているのです。
プロフィール
みやざき中央新聞 魂の編集長
学生時代に東京都内の大学生と『国際文化新聞』を創刊し、初代編集長となる。
平成元年にUターン。宮崎中央新聞社に入社し、平成4年に経営者から譲り受け、編集長となる。
24年間社説を書き続け、現在も魂の編集長として、心を揺さぶる社説を発信中。
◇これまでの活動
平成11年 MRTラジオ暮らしのレーダーで、「男性学講座」を担当
平成12年・13年 MRTラジオで「みやざきトゥデイ」を担当
平成13年・14年 サンシャインFMで「時代を語る」を担当
平成16年 宮崎県男女共同参画推進功労賞受賞
平成19年~20年 宮崎市男女共同参画審議会委員
平成18年~23年 宮崎家庭裁判所参与員
平成25年 社長と共にコンゴ民主共和国に渡り、現地視察と読者会開催
平成26年 宮崎県日向市ドリームプランプレゼンテーション出場 感動大賞・共感大賞 W受賞
◇現在の活動分野
働く人の心のケアをする厚労省認定産業カウンセラー
◇趣味
育児、家事手伝い
平成21年 宮崎に開校した俳優養成所に入所し、いろいろなCMに出演
◇著書
『空から宮崎を見れば』(宮崎中央新聞社)
『みやざき発夢未来』(鉱脈社)
『男と女の夢未来』(鉱脈社)
『日本一心を揺るがす新聞の社説』(ごま書房新社)
『日本一心を揺るがす新聞の社説2』(ごま書房新社)
『日本一心を揺るがす新聞の社説ベストセレクション(講演DVD付)』(ごま書房新社)
『この本読んで元気にならん人はおらんやろ』(ごま書房新社)