つらい過去を向き合って

みやざき中央新聞・魂の編集長の「ちょっといい話」第九回

「つらい過去を向き合って」
水谷もりひと

『雨にも負けて 風にも負けて』という本を見たとき、「タイトルが面白い」と、
思わず笑ってしまいました。
ところがページをめくってみて、笑ったことを後悔しました。胸が締め付けられる
物語が、そこにあったのです。

1947年、この国が敗戦からゆっくり立ち上がろうとしていた頃、「有隣(ゆう
りん)劇団」という素人の劇団が旗揚げしました。娯楽のない時代だったので、大勢
の人に受け入れられました。入場料はコメや野菜でした。

あるとき、千葉県の山奥にあるお寺から公演依頼がありました。
お寺には、戦争中に東京から児童疎開で連れてこられたまま親が空襲で亡くなり、
帰るところのない10歳前後の子供たちが収容されていました。観客はその二十数名の
戦争孤児と村人でした。
上演した日、劇団員はお寺に宿泊しました。子供たちは皆人懐っこく、東京から来
た役者を、「にいちゃん」「ねえちゃん」と呼び、「はい、タオル」「はい、お水」
とサービスの限りを尽くしました。夜はふとんが足りなかったので、劇団員は1人ず
つ子供と一緒に寝ました。

ある劇団員が夜中に目を覚ますと、自分のほうに毛布が掛けてあり、一緒に寝た子
は毛布からはみ出ていました。彼は、その子が何度も自分に毛布をかけ直してくれて
いたのを夢うつつに知っていました。
愛おしくて抱きしめると、その子は小声でこう言ったのです。「明日東京に帰るん
でしょ。僕も連れてって…」

翌朝、仲間の劇団員にそのことを話すと、皆一緒に寝た子から同じことを言われた
というのです。あのサービスも人懐っこさも、それが目的だったのでした。

住職が子供たちを集め、「お前たちは東京に行けないんだよ」と説得しました。
出発の時、子供たちは門前に並んで見送ってくれました。劇団員は皆ホッとしまし
た。
しかし、車が走り出すと一斉に「にいちゃーん!」「ねえちゃーん!」と叫びなが
ら車の後を追いかけてきたのです。
劇団員は耳をふさぎ、声を殺して泣きました。有隣劇団の役者は全員は戦争孤児
だったのです。

戦争中、東京大空襲で約10万人の市民が犠牲になり、大量の戦争孤児が生まれまし
た。幼い子供は児童相談所に保護されましたが、15歳前後の少年たちは浮浪児とな
り、生きるために男の子たちは盗みを、女の子たちは売春をしていました。
補導員が街角や路地裏に潜む浮浪児を保護し、医師・石井敬一郎さんが私費で運営
する施設に収容していました。その補導員の1人が『雨にも負けて 風にも負けて』
の著者・西村滋さんです。

西村さんも幼い頃、病気で両親を亡くした孤児でした。少年時代、芝居小屋で奉公
していたことがあり、西村さんは戦争孤児に芝居をさせることにしました。それが
「有隣劇団」です。
やがて戦後復興の中で施設は行政が引き継ぐことになり、石井医師の施設は解散し
ました。大人になった孤児たちは社会に羽ばたいていきました。しかし、多くの元孤
児たちは社会の荒波に溺れていきました。「雨にも負け」「風にも負けて」いったの
です。

昨年の12月にこのような社説を書きました。すると、その社説を読んだ一人の男性
からお手紙が来ました。
「途中で目をそむけてしまった」「長年連れ添った妻や娘たちに打ち明けられな
かった過去を思い出してしまった」と書かれてありました。その方は戦争孤児ではあ
りませんが、親のいない養護施設で少年時代を育ったそうです。
「東京に連れてって…」と劇団員に懇願した子供たちの気持ちに思いを馳せ、男性
は「絶望」しかなかったつらい過去を思い出したのでした。
手紙の最後にこう書かれてありました。「あの社説を何度も何度も読み、そして決
心しました。私が育った孤児院でボランティアをしようと。同じ気持ちを子供たちと
共有できる『おじさん』として、素の心で、一緒に泣いたり笑ったりしようと」
その方は、かつて自分が育った施設に手紙を出しました。そして今年の春からその
施設で奉仕活動をされるそうです。

プロフィール
みやざき中央新聞 魂の編集長
学生時代に東京都内の大学生と『国際文化新聞』を創刊し、初代編集長となる。
平成元年にUターン。宮崎中央新聞社に入社し、平成4年に経営者から譲り受け、編集長となる。
24年間社説を書き続け、現在も魂の編集長として、心を揺さぶる社説を発信中。

◇これまでの活動
平成11年 MRTラジオ暮らしのレーダーで、「男性学講座」を担当
平成12年・13年 MRTラジオで「みやざきトゥデイ」を担当
平成13年・14年 サンシャインFMで「時代を語る」を担当
平成16年 宮崎県男女共同参画推進功労賞受賞
平成19年~20年 宮崎市男女共同参画審議会委員
平成18年~23年 宮崎家庭裁判所参与員
平成25年 社長と共にコンゴ民主共和国に渡り、現地視察と読者会開催
平成26年 宮崎県日向市ドリームプランプレゼンテーション出場 感動大賞・共感大賞 W受賞

◇現在の活動分野
働く人の心のケアをする厚労省認定産業カウンセラー

◇趣味
育児、家事手伝い
平成21年 宮崎に開校した俳優養成所に入所し、いろいろなCMに出演

◇著書
『空から宮崎を見れば』(宮崎中央新聞社)
『みやざき発夢未来』(鉱脈社)
『男と女の夢未来』(鉱脈社)
『日本一心を揺るがす新聞の社説』(ごま書房新社)
『日本一心を揺るがす新聞の社説2』(ごま書房新社)
『日本一心を揺るがす新聞の社説ベストセレクション(講演DVD付)』(ごま書房新社)
『この本読んで元気にならん人はおらんやろ』(ごま書房新社)